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運命について。

久しぶりに。

わたしは感動している。

こちらは2019年になったところだ、
2017年も2018年も私というと散々男はみんな同じだとか、全員自分のこと好きになるつまらないだとか、塵屑しかいないだとか、退屈と失望を沢山積み重ねていたところで、もうこの先の出会いなんて諦めていた、23歳になったばかりだというのに。

ところが、
いままでどんな好きになった人にも抱かなかった不思議な感情を持つ人に出会った。
その人とどうにかなったわけでもなんでもないけれど、どこかに書いておきたかった。

わたしはいままで幾重にも自分を守る壁を建ててきた、気づいた時にはもうほとんどほんとうの自分が出てくることはなくなってしまっていて、恐ろしくなった。

わたしは尖ってもいないし、人を責めたい訳でもない。ほんとうはうるさくするタイプでもなければ、冷たい人間でもない。計算もしなければ、完璧な人間でもまったくもってない。

わたしは、甘えられるところがなかっただけなのだ。

物心ついたときから側には実感として誰もいなかったのだ。

ひとりで生きてきたから、この先もそうだと思ったし、途中過程でいじめられたり親に罵倒されて暴力を振るわれて存在を否定され続けて、わたしは厚い壁の中に閉じこもるようになったのだ。

ずっと笑っていたかったし、ずっと泣きたかったし、ずっと素直にひとにやさしく在った頃の自分が変わらずいたのだ。

その人は、初めてわたしが沢山計算したり物を考えて楽しませようとしたりしなくとも、甘えられるようなひとだった、初めて出会った。

感動している。

人間の汚さと醜さを体感してまで思い知らされてきたのに、この人は、なにかちがう、わたしが探していたものとは、ずっとずっと探し続けていた なにか をたぶんこの人は持っている、と思った。

そんな気がするだけでもいい。

わたしが浅はかなだけであったとしても、それでもいい。

わたしは人間でこんなに感動することが人生で初めてだったのだ、初めて話すのに一気にわたしの外壁を全て溶かすような人、ほんとうに不思議な気持ちになった