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最低な別れ方からの気づき

最低な別れ方をされた側としては、暫くは行き場のない、怒り、悲しみ、悔しさ、絶望感に苦しんでた。

その感情も、自分が自分に抱いてる事だと気付くと合点が行く。
直感で別に女がいるのを察知してたのに、シャネ男のことを信じようとして、自分を信じれなかった悔しさ。
愛されてるのか?愛されてないのか?と、自己評価の低さから、シャネ男からの愛が自己評価にしてた怒り。
全て外側に自分の価値を見出してた結果だった虚しさ。

そして、シャネ男に出会った意味。
シャネ男が、大人気ない最低な別れ方をした意味。
それは全部自分と向き合わざるを得なくさせるためだったんだろうな。

仕事でも
なんでこういう考え方出来ないのか?
なんでコミュニケーションもっと取れないのか?
なんで深く考えず物事判断するのか?
なんで上っ面の人付き合いをするのか?

恋愛でも
なんでもっと愛情表現してくれないの?
なんで嘘つくの?
なんで逃げるの?
なんで向き合わないの?

同僚も、パートナーも、家族も、ただすれ違っただけの人も。
他者に思うことは、すべて自分が自分に伝えたいこと。
それに気づかず、他者に責任を擦り付けて、感情をぶつける。
なぜあの人に、私はイライラさせられなきゃならないのか?
あの人のせいで、なんで私が苦労しなきゃならないのか?
理不尽だ!と思ってたけど、自分が自分に理不尽な対応をしてただけ。
そして、それに気づくための起きた最低な別れという出来事。
本音で生きてるって過信して、実は気付こうとしない事、見て見ぬふりしてる感情って沢山ある。
その本音に気付くと、今の環境を変えなきゃならないことが起きるとか、今のままじゃ居られなくなること知ってるから、気付かないように、変化が起きないように恐れが敢えて本音を遠ざけてる事もあるんだろうな。他者への不平不満や怒りも、大切な感情だと思って、他者に向けてた矢印を自分を向ける癖を付けていけたら、必然的に、強制的にブレイクスルーが起きてもっと違う景色を見れるはず。

シャネ男への怒りは「自己責任」であると認識した今、私はただ本音の私を生きるしかないと決意。(これが度々ブレるんだけど)