現行の発信者情報開示制度の問題点

自分は、2000年に検察庁を辞めてヤフー株式会社に入り、2007年まで同社法務部で勤務した。その後も、プロバイダーの顧問弁護士をしながら現在に至り、2000年以降、相当多数のネット上の誹謗中傷案件を取り扱っている。被害者側で発信者情報開示を求めたこともかなりある。数えたことはないが、取り扱い件数が数百件で済まないのは確実で、数千件は取り扱っているだろう。諸々足すと、万に乗っているかもしれない。

ヤフー株式会社で勤務した当初は、発信者情報開示制度はなかったが、その後、法律が制定された。しかし、そこには大きな問題がある。ざっくり言うと、

・要件が厳しい

・手続が煩雑

の2点だろう。

発信者情報開示が認められるには、「情報の流通により権利が侵害されていることが明らか」でなければならない。権利侵害の明白性、と言われている。これは、表現の自由とのバランスを取るために明白性を求めたとされていて、名誉毀損の違法性阻却事由が存在しないことを含め明白性が求められる(ここについては争いもあるが、立法者の意図はそこにあった)。

この要件、ハードルを下げて良いのか、今後、問題になるだろう。しかし、一口に誹謗中傷と言っても、その中には、単なる罵詈雑言もあれば厳しい批判としてされているものもある。表現の自由を保護すべきなのは、日本国憲法上も健全な民主主義社会を維持する上でも必要なことであり、安易に、そこの要件を緩和、ハードルを下げて良いかとなると、慎重になるべきだろう。

匿名による情報発信にも、表現の自由の一環として保護すべきものがある。ニクソン大統領失脚につながったウォーターゲート事件で、権力内部の情報をジャーナリストにもたらしたのは、匿名の情報提供者「ディープスロート」だった。日本国内にも、様々な抑圧された人々、匿名でなければ情報発信できない人々がいる。そういう人々の権利を、誹謗中傷根絶という美名の下にないがしろにはできない。

手続が煩雑、というのは、発信者情報開示手続が、立法当時から、裁判手続を経ることを想定されていることもあり、費用や手間暇がかかってしまうことにある。実務では、仮処分手続により掲示板等のサービス提供者にIPアドレスやタイムスタンプ(「書き込み日時)の情報を開示させ、さらに、それに基づきプロバイダーに個人名や住所の開示を訴訟(本訴)で求めるという、2段階の手続になることが多い。本人のみではハードルが高く、弁護士を代理人に選任することが多いが、当然、費用もかかる。

今後は、上記のような手続の煩雑性を、

で述べたような方法で改善すべきだろう。

見逃されるべきではないのは、誹謗中傷、と言われる中には、上記のように、表現の自由として保護されるべき言論も含まれる場合があることである。そういう言論は、政治家にとっては耳が痛く面倒な存在であることが多い。表現の自由への配慮を欠いた安易な法改正は、表現の自由への不当な抑圧につながりかねないことを忘れるべきではないだろう。

                                   以上

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