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成瀬と膳所と鉄道と。

衝動で買ってきた短編集『成瀬は天下を取りに行く』(以下、第1弾)。滋賀県大津市「膳所」を舞台に、「成瀬あかり」の個性的な生き様を描いている。僕が何百回も通った街だけにイメージしやすく、気がつけば数日で一度読破していた。

この短編集の続編『成瀬は信じた道を行く』も買ってきた。第1弾の地続きで、高3から大学生までの成瀬を描いた短編集が5つで構成される。

  • ときめきっ子タイム→総合学習の授業で調べ物をすることになった小学生「北川みらい」と調べる対象となった成瀬との出会いを描く。

  • 成瀬慶彦の憂鬱→成瀬の父親「慶彦」の不安や成瀬の京大受験におけるひょんな出会いが綴られる。

  • やめたいクレーマー→フレンドマート※1大津打出浜うちではま店※2で「お客様の声」を書く30代主婦「呉間言実くれまことみ」に成瀬が声をかけて始まる出会いやある事件の話。

  • コンビーフはうまい→びわ湖大津観光大使に就任した成瀬と「篠原かれん」の奮闘エピソード。

  • 探さないでください→大晦日、「探さないでください」という書き置きとともに失踪した成瀬を探す大騒動。成瀬の幼馴染「島崎みゆき」を起点に語られる。

※1…滋賀県民心のスーパー「平和堂」の系列店舗。平和堂と色違いのロゴと食品メインの中小規模が特徴。平和堂に代わって駅前に出店してることが多く、琵琶湖線では大津、能登川、米原、長浜の各駅前がこちらに該当。
※2…商業施設「オーミー大津テラス」の1階に出店している店舗。第1弾で出てきた「西武大津店」跡地のマンション向かいにある。モデルの本当の名前は「大津テラス店」

ときめきっ子タイム

僕の地元では『ときめきっ子タイム』によく似た「月っ子」という総合学習の時間があった。小説ようなインタビューや町探検などさまざまあったように記憶している。名前は違えどちょっと個人的な懐かしさに浸ってしまう。

インタビュー中に成瀬が食べてたであろうおしゃぶり昆布
母親も大好物やけど、うまいな。

それはさておき、小学生から見るとどんな変人でも「カッコいいお姉さん」に見える成瀬。なんとなく近寄り難そうでも、小学生のインタビューに快く受けてくれるのはやっぱり成瀬らしい心の広さなのだろう。発表のシーンでは「自分もそんな感じやったなぁ」と重ねてみたりも。

成瀬慶彦の憂鬱

イケイケドンドンな成瀬あかりに対する心配性な父親「慶彦」。「親の心子知らず、子の心親知らず」というのはこういうことなんだと思った。親という身近な存在でも子どもが何を考えてるかなんて見透せない。

親心ってこういうもんだとはわかってるが、それに必要以上に気を遣ってもそれはそれで意味はないのだろうか。思うがままにされても苦しいだけだし。たぶん親より憂鬱になってる僕はそんなことを考えてしまった。

やめたいクレーマー

フレンドマート大津打出浜店特設ブース
宮島未奈さんへの応援メッセージを書くことができる。

フレンドマートでバイトしてる成瀬もやっぱり図太い。「口調直さんのかい!」と思わず突っ込む僕。それでも、優秀な仕事ぶりとクレームが理性的か感情的かを見分けるところはさすが。迷惑そうな顔した主婦も最後に成瀬と打ち解けて、夏祭りの招待を快く受けている。あんなキャラでもコミュ力の一丁前さは社会には通づるもんだと思った。

コンビーフはうまい

『コンビーフはうまい』で成瀬の相方をしている篠原かれんがインスタの裏アカで鉄道好き(いわゆる撮り鉄、女子鉄)を語っているのは個人的には興奮した。

女子鉄かれん

かれんの裏アカでアイコンになっている「113系」
2022年度まで湖西線や草津線で活躍していた国鉄生まれ、抹茶色の旧型電車。
膳所駅にも朝夕に姿を見せていた。

僕みたいに表に出して鉄道を語る人は比較的レアだし、マシンガントークや狭いコミュニティから敬遠されやすいことも多いと聞く。大人になるとそういう個性に悩むことも増えてきた。それでも、僕もかれんの周りも鉄道好きに肯定的なのはそんなもんかと思う。

作中に名前だけ出てくる湖西線の223系2500番台
阪和線から移籍したこのタイプは座席レイアウトや色が新快速と大きく異なる。
行楽シーズンには嵯峨野線で見かけることが多い。
びわ湖浜大津駅に進入する京阪電車石山坂本線
地元では石坂線(いしざかせんorいっさかせん)と親しまれ、路地裏や路面区間を走りながら、坂本比叡山口と石山寺を結ぶ。

「223系2500番台」が名前だけで出てきたり、膳所駅を通る京阪石山坂本線(略して石坂線)がかれんの鉄道趣味の始まりとして出てくるなど、僕のアイデンティティを刺激された。

京阪京津(けいしん)線
路面電車→登山電車→地下鉄直通と目まぐるしく路線環境が変化する。
成瀬の京大受験ではびわ湖浜大津駅から京都市営地下鉄の東山駅まで京津線に乗車している。

その上、成瀬も普段通りだし、鉄道オタクを受け入れる姿勢はカッコいい。こういう友達がいてくれたらなんて思ってしまう。

探さないでください

シリアスな始まりだが、第1弾の伏線回収があったり、成瀬を追いかけた全てが笑えたり。第2弾の登場人物が次から次へと登場し、展開の面白みも深い。

ホンマにできんねや!!

個人的には鉄道描写のトリッキーさに驚いた。ラストシーン、紅白歌合戦でけん玉を披露した成瀬は年越し寸前に渋谷のNHKホールから膳所に帰還。「年を跨がないうちに帰れるのか?」と思って調べたら、シーンの動きが実際にできることを知って驚いた。

成瀬が使ったであろう渋谷→膳所の最短経路
成瀬、エグない…?

本番直後にNHKホールを猛ダッシュで出たと仮定し、10分ちょっとで渋谷駅に辿り着ける。そこからの動きがこう。

  1. 渋谷駅20時38分発の「山手線内回り」で品川へ

  2. 品川駅21時1分発の姫路行き「のぞみ95号」に乗って京都へ

  3. 京都駅23時16分発の「米原行き普通列車」に乗車し、膳所には23時27分着。

  4. 「ときめき坂」下にある成瀬の実家マンションまで10分ちょい。(ギリギリだったのを察するにどっか寄り道した?それとも琵琶湖線が遅延した?)

JR西日本のアプリ「WESTER」の乗り換え検索を休日ダイヤ(曜日問わず大晦日のJRは休日ダイヤ)にさせると上記がヒット。「ホンマにできんねや!!」と目ん玉が飛び出そうで、思わず声に出る。成瀬の実家は「西武大津店から5分」。膳所駅からときめき坂までは個人的に歩いたこともあるから成瀬の行動は真似できることになる。

「西村京太郎サスペンス」のようなトリッキーなことを仕掛ける成瀬。コテコテのファンでないと到底できないことを成瀬は簡単にやってのけた。みらいの証言で「時刻表を持ってた」なんて言われているし、観光大使で相方だったかれんは鉄道ファン。吸収力と行動力がハンパねぇわ。
余談だが、作者の宮島未奈さんが実は鉄道に詳しいのではないかと疑ってしまう(まぁ、知らんけど)

アイデンティティが刺激され、羨望。

第1弾に続いて見慣れた景色を思い浮かべつつ、自分のアイデンティティが騒ぎまくった第2弾。「鉄道」がかなり描写されてた分、余計に面白くなっていた。

もちろん、成瀬の個性とそれで振り回される家族や出会う人々も面白くてニヤニヤが止まらない。本を読んで初めて得た感情だ。

僕にも成瀬みたいな信念とコミュ力があれば、なんでもできたかもしれない。僕に足りないものを思い知らされた格好で少し惨めと感じる。

それでも、人間付き合いってこんなもんかとも思う節も。「もっと堂々としてもええんやな」と勇気をもらった気もした。

読破したところでちょっと膳所と浜大津へ行ってきた。写真集か記事にして後日上げることにする。

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