見出し画像

日本の「環境音楽」はいかにして発見されたか/Visible CloaksとLight In The Attic

この記事は「環境音楽の再発見」の終章です。目次はこちら

2019年2月15日、Light In The Atticから日本の環境音楽にフォーカスしたコンピレーション「Kankyō Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990」がリリースされた。

収録されているアーティストは坂本龍一、細野晴臣、松武秀樹、YMO、吉村弘、芦川聡、久石譲、清水靖晃、イノヤマランド……いずれも日本のそうそうたる音楽家である。

ジャケットは日本の建築家・槇文彦の設計した鹿児島県、岩崎美術館の写真で、撮影は建築写真で有名なカメラマンの村井修によるもの。槇文彦は青山にある株式会社ワコールの運営する多目的ホール「青山スパイラル」の設計者であり、またスパイラルは槇文彦の代表作とも言われている。「Kankyō Ongaku」に収録されている尾島由郎の楽曲もまた「Music For Spiral」と銘打たれたシリーズからのセレクトだ。

そして監修は日本のアンビエント、ニューエイジの紹介者として名高いポートランドのアンビエント・ユニットVisible CloaksのSpencer Doran。

なぜ今、日本の環境音楽が再評価されているのだろうか?

日本のアンビエントやニューエイジ、環境音楽が再評価されている。さまざまな動向から、そんな雰囲気を感じ取れる。けれどもなぜ、どうして、なにがきっかけなのか、いまひとつわからない。

そこで、おなじ時代に起きた、いくつかの出来事を辿り、物語りなおすことで、なにかきっかけが掴めるのではないか。そう思い立ったので、そこからはじめることにした。

ひとつはディープ・ハウスのシーンが寺田創一を通して日本のアンビエントを見つけ出すまでの物語。

ひとつは日本のあたらしいシティポップの誕生が、細野晴臣の再評価へと繋がる物語。

最後に、アメリカとロンドンでダンス・ミュージックのシーンで同時に起きた、リバイバルするニューエイジの物語。

それぞれの記事で独立して読めるよう配慮したつもりだが、できれば順を追って読んでもらいたい。

直接の関わりがある出来事や、おなじムードを共有しているだけの出来事もある。だが、おなじ時代のいくつかの再発見を読み直せば、我々もまた、時代を再発見できるのではないだろうか。

それでは「環境音楽」が再発見され、2019年2月15日「Kankyō Ongaku」のリリースへ至る、その長い足取りを辿ってみよう。

Spencer Doranと日本の音楽

まず、Visible CloaksのSpencer Doranの経歴を確認しておこう。

Spencer Doranはヒップホップのプロデューサーとしてそのキャリアをスタートする。Female Fun Recordsからのコンピレーション、シングルを経て、2006年10月7日、日本のレーベルEasel Musicからのアルバム「Puzzlez」をリリースする。

この頃から熱狂的レコード・コレクターとして知られたSpencer Doranだが、音楽シーンでの評価はメロウでエクスペリメンタル寄りのヒップホップ・プロデューサーといった趣きだ。

2007年6月、Spencer Doranは、Female Fun RecordsオーナーであるDJ THANKSGIVING BROWNと来日ツアーを行っている。日本側の共演者はRIOW ARAI、COM.A、DE DE MOUSEらエレクトロ・アーティスト、SUIKA、STERUSS、サイプレス上野とロベルト吉野らヒップホップ・アーティスト、KOOL KEITHとコラボレーションのあるハードコア・バンド54-71など。

また、あふりらんぽやDMBQのUSツアーを迎え撃っている。共演者の名前を見るだけでも、なんとなくSpencer Doranの立ち位置が見えてくるのではないだろうか。

この来日ツアーの際、森田童子のレコードを購入したことがきっかけで日本の音楽への興味を深めたSpencer Doranは、以降、DJ Spencer D名義で活動し、日本の音楽のミックスを多数、送り出している。

2010年7月13日、後にSpencer Doranと共にレーベルempire of signを立ち上げ、吉村弘「Music for Nine Post Cards」を再発するMaxwell August Croyの運営するrootstrataよりミックス「 Fairlights, Mallets and Bamboo-world japan, years 1980-1986」を発表。

このミックスの影響は大きく、特にHyperdubのKode9が坂本龍一や細野晴臣、日本の電子音楽家への興味を持つきっかけになった

2013年1月23日、同じくrootstrataよりミックス「music interiors」を発表。「Kankyō Ongaku」の原型となったこのミックスには吉村弘、高田みどり、イノヤマランド、尾島由郎、清水靖晃、そして細野晴臣「Original BGM」が収録されている。タイトルは1984年から1986年にかけて橋本一子(Colored Music)、佐久間正英、小野誠彦らの音源をリリースしていたJVCの環境音楽レーベルMusic Interiorに由来している。

2017年9月5日、ロンドンのインターネットラジオ曲NTSにミックス「Empire of Signs presents Music Interiors Volume 3」を提供。北野武監督作「Dolls」のサウンドトラックから久石譲「捩 -MAD-」が収録されている。

2018年3月8日、NTSにて、オーストラリアのSANPO DISCOに提供されたミックス「SANPO DISCO」を発表。日本からのセレクトは少なめだがニューウェイブ・ユニットPSY・Sが収録されている。

2018年3月14日、オーストラリアSANPO DISCOに「SANPO 100」を提供。ジャパニーズ・アンビエント多めだが、ポップス寄りの選曲も多く、これまでのアンビエント作とは異なったミックスになっている。トラックリストはこちら

「日本のアンビエント」再評価前夜

2016年から2018年にかけて、日本のアンビエントが相次いで再発される。その再発ラッシュを追いかける前に、代表的な音源のYouTubeでのアップロード日を追いかけてみよう(レーベルによる公式アップロードは除く)。

https://www.youtube.com/watch?v=DWGjYg2LmZQ
2013年1月30日アップロード。高田みどり「鏡の向こう側」(削除済み)
削除された時期は不明だが、2017年5月15日までは存在が確認できる。160万再生(!)。

吉村弘「Green」(1986年)
2016年2月14日アップロード。
2018年1月17日時点で84万再生、1.5万評価。
2019年2月20日時点で146万再生、2.4万評価。

吉村弘「A・I・R (Air In Resort)」(1984年)
2016年7月25日アップロード。24万再生、4000評価。

吉村弘「Soundscape 1: Surround」(1986年)
2016年12月4日アップロード。29万再生、6000評価。

ムクワジュ・アンサンブル「ムクワジュ」(1981年)
2017年1月8日アップロード。5万再生、1300評価。

芦川聡「Still Way (Wave Notation 2)」(1982年)
2017年1月11日アップロード。40万再生、8900評価。

細野晴臣「花に水」(1984年)
2017年1月23日アップロード。70万再生、2.9万評価。

吉村弘「Music For Nine Post Cards」(1984年)
2017年3月28日アップロード。54万再生、1万評価。

2016年から2017年頭までにかなりの音源がYouTubeにアップロードされている。

日本のアンビエントはPalto FlatsとWRWTFWW Recordsによる高田みどり「鏡の向こう側」(1983)の再発以降、本格的な再評価がはじまるのだが、その前夜における日本のアンビエントへの注目を示唆するエピソードとしてHuerco Sを取り上げておこう。

ハウスDJ Brian LeedsことHuerco S、かつてOneohtrix Point NeverのSoftwareからファースト・アルバム「Colonial Patterns」(2013) をリリースした彼が2016年6月20日にリリースした「For Those Of You Who Have Never (And Also Those Who Have)」は、これまでのローファイなハウス色から一転、ノンビートのアンビエント作品だった。

このアルバムはPitchfork のアンビエントアルバム・オールタイムベスト50に食い込むほどの評価をうけたのだが、突然の転向のきっかけには吉村弘の存在があったようだ。

I had been listening to a lot of Gas, Dettinger and Hiroshi Yoshimura.

2016年5月25日、FACT による Huerco S インタビューより

2016年5月25日、FACT。作品の制作において吉村弘「Pier & Loft」からの影響をあきらかにしている。

高田みどりの発見と「日本のアンビエント」再評価

2017年1月、Palto FlatsとWRWTFWW Recordsによる高田みどりの1983年作「鏡の向こう側」の再発がアナウンスされる。発売日は2017年3月5日

Palto Flatsといえば、バレアリックの発掘からマライア「うたかたの日々」の再発へと至ったレーベルだった。しかし「鏡の向こう側」はもはやバレアリック・ハウスとして捉えることはできない。

このリリースはかなり話題になり、高い評価をうける。2018年9月10日に Pitchforkが篇算し直した1980年代のアルバムベスト200にも加えられた。「鏡の向こう側」の高評価が日本のアンビエント再評価にはずみをつけたのは明白だ。

2017年2月17日、Visible CloaksはDip In The Poolの甲田益也子とコラボレーションしたシングル「Valve」をリリースする。Palto Flatsのマライア「うたかたの日々」再発につづいて、アムステルダムのMusic From Memoryが「On Retinae」を再発したアーティストである。

Visible CloaksがDip In The Poolとのコラボレーションにいたった経緯は2016年11月2日の MASSAGE に詳しい。当初はDip In The Poolのヴォーカル・甲田益也子のソロアルバム「Jupiter」(1998)をサンプリングするつもりだったようだ。

僕たちが最初Dip in the PoolのMiyako Kodaのヴォイスを彼女のソロアルバム「Jupitar」からサンプリングしていた時、〈RVNG〉のマットがもう一人のメンバーである木村達司とあるプロジェクトで関わりがあって、僕たちの代わりにサンプリングの使用を許諾してもらったんだ。そうするとマットは単なるサンプリングだけでなくて、一緒に彼らと曲を作らないか、とアイディアを出してきて、そのおかげで僕と達司の間で、メール上のファイル交換を通しての作品作りが始まったのさ。益也子はそこに新しい歌詞とヴォーカルをのせてくれたよ。

MASSAGE によるVisible Cloaksインタビューより

2017年2月17日、Visible Cloaks「Reassemblage」発売。アルバムには引き続き甲田益也子も参加している。この音源は各種メディアからも高く評価され、Visible Cloaksのまさに名刺代わりの一枚となった。

2017年3月23日、DUMMY MAG。Visible Cloaksのセレクトによる日本のアンビエント紹介。レコード・マニアとしての矜持があるのか、各種メディアとはかなり異なるセレクトだが清水靖晃、YMO、ムーンライダーズ、一風堂などこれまでSpencer Doranの紹介してきたアーティストのピープルツリーにつらなる音源が紹介されている。

2017年5月30日、flypaper。細野晴臣「花に水」がカバーに使われている。個人ブログ以外を除き、メディアが「花に水」を取り上げた(現時点の調査では)最初の記事。記事タイトルに「Thanks to YouTube」とあるように、YouTubeのアルゴリズムが導き出した日本のアンビエントを紹介している。

2017年5月31日、Electroic Beatsによる日本のミニマル紹介。flypaperの記事が元ネタのように見える。

WRWTFWW Recordsはこのあと怒涛の再発に続けるのだが、先駆けて2017年6月27日に川井憲次による攻殻機動隊のサウンドトラックを再発している。Spencer Doranの「Fairlights, Mallets and Bamboo Vol.2」には芸能山城組が収録、Murlo「Cinematic Special」、またVaporwaveの流れも踏まえると不自然ではない(?)。

2017年9月30日、Chee Shimizu主催の 17853 RECORDS から、Huerco Sに霊感をあたえた吉村弘「Pier & Loft」(1983)が再発。

2017年10月30日、イギリスの新興レーベルLAG Recordsから役者、パフォーマー・如月小春と坂本龍一「Neo-Plant」(1986)が再発。2017年7月17日、Vinyl Factoryの記事では収録曲「TRAUMEREI」について、如月小春のヴォーカルを「清水靖晃のような」と評価している。

2017年11月17日、Spencer Doranとrootstrataの運営者Maxwell August CroyによるレーベルEmpire Of Signsの第一弾として吉村弘「Music For Nine Post Cards」(1982)が再発。

2017年11月24日、RVNGレーベルによる日本ツアーが渋谷WWWβにて開催された。DJでChee Shimizuが参加している。また食品まつりは2018年11月23日にPalto Flatsからアンビエント寄りの作品「Moriyama」をリリースしている。

2017年9月15日、WRWTFWW Records、高田みどり、佐藤允彦「ルナ・クルーズ」(1990)を再発。

2018年1月14日、FACT。「日本のアンビエントはいかにして新たなリスナーを獲得したのか」と題されたこの記事は、高田みどりと吉村弘の再評価と、Light in the Atticの再発を中心とした話題。

Chee Shimizuや、彼のかつての同僚でオンラインレコードショップONDASを経営するDubby、大阪のレコードショップrare grooveの店長・佐藤憲男ら、レコード・ショップと、Spencer DoranやMusic From Memoryの交わりが興味深い。ショコラさんによる翻訳記事はこちら

2018年1月15日、Electronic Beats。FACTの記事に対する喜びの声みたいな記事。YouTubeへのリンクが貼られている。

2018年2月18日、CRACK Magazineが日本のアンビエントを紹介。吉村弘「Green」(1986)、細野晴臣「花に水」などがセレクトされているが、この記事においても「YouTubeのアルゴリズム」がふたたび言及されている。

あたらしい環境、YouTubeのアルゴリズム

吉村弘「Green」や細野晴臣「花に水」に顕著だが、日本のアンビエントがYouTubeのレコメンドを通して再生数を伸ばしている気配がある。とくに吉村弘の「Green」は2015年以前、一部の探求者を除けば一般的評価はほぼ皆無の音源だった。しかし現在、かつての無風状態が信じられないくらいに高く評価されている。証左のひとつとしてGoogle TrendsとDiscogsの取引評価のグラフを掲載する。

吉村弘の楽曲はチルウェイブのアーティストToro Y Moiが2016年4月1日に発表したミックス「現 A 実 S は I 何 A も B あ O り I ま Z せ Z ん」にも使われていた。そしてグライムDJのMurloが2016年12月7日に発表したミックス「Cinematic Special」もまた吉村弘「Green」で閉じられていた。

インディーR&BのJessy Lanzaが2016年3月23日、Vinyl Factoryに寄せたレコードセレクト記事では細野晴臣「PACIFIC」をインターネットを通じて発見したという証言がある。

またニューヨークのロックバンドVampie Weekendが2019年1月24日に発表した「2021」では細野晴臣「TALKING」がサンプリングされている。ここで指摘しておきたいのが「2021」にサンプリングされているのは「MUJI BGM1980-2000」(2000年6月23日)に収録された「TAKING -BGM ver.-」ではなく、カセットブック「花に水」(1984年9月10日)に収録されている「TALKING あなたについてのおしゃべりあれこれ」のバージョンということだ。つまりYouTubeにアップロードされ、70万再生を集めているバージョンがサンプリングされているのだ。

Googleは2014年にDeepMindを買収し、2016年に発表した論文で、ニューラルネットワークによるYouTubeのレコメンデーションを分析している。これは2年の間にレコメンデーションの基盤がニューラルネットワークに置き換えられ、一定の成果を挙げたことを意味しているのだろう。

YouTubeのレコメンデーションを通して新しい楽曲が発見され、ひろく知れ渡った事例としては竹内まりや「Plastic Love」が有名だが、吉村弘「Green」や細野晴臣「花に水」もまた、YouTubeのアルゴリズムが世界へ送り出した楽曲のひとつなのかもしれない。

「日本のアンビエント」から「環境音楽」へ

2018年2月23日、LAG Recordsより久石譲「吉祥天女 イメージアルバム」(1984)、再発。吉田秋生のコミック「吉祥天女」のイメージアルバムである。

2018年3月7日、英WIRE誌による高田みどりにフューチャーした、ハウスDJ Farbenこと、電子音楽家Jan Jelinekによるミックス。

2018年5月21日にはニューヨークタイムス誌が高田みどりを特集する。チボ・マットのミホがYouTubeを通して初めて高田みどりを知ったというコメントを寄せている。記事中で「高田みどりの動画が200万再生を超えている」という記述があるが、削除された動画のことだろうか。

さてCRACK Magazineで取り上げられている音源は、そのほとんどがWRWTFWW Recordsを通して再発される。

2018年6月22日、WRWTFWW Recordsよりムクワジュ・アンサンブル「樹・モーション」(1981)を再発。

2018年8月8日、WRWTFWW Recordsより清水靖晃「案山子」(1982)を再発。

2018年9月21日、WRWTFWW RecordsよりColored Music(1981)を再発。

2018年10月31日、LAG Recordsより作曲家、環境音楽家であり、アニメや特撮の楽曲をシンセサイザーで演奏する「シンセサイザーファンタジー」シリーズの少年ケニヤ、超時空要塞マクロスIIなどを編曲したことでも有名な小久保隆「A DREAM SAILS OUT TO SEA (GET AT THE WAVE)」(1987)、再発。今はなきSANYOのプロモーションとして製作された一枚。

LAG RecordsのオーナーTodd MarriottはBAN BAN TON TONのインタビューによると、Palto FlatsとWRWTFWW Recordsの再発ワークから影響を受けていること、また再発盤のセレクトに関してもともと日本のアニメ・ファンであること、またサンディエゴのハードコア・バンドThe Locustのシンセ・サウンドに惹かれたことが原点だと答えている。

2018年11月9日、WRWTFWW Recordsよりムクワジュ・アンサンブル(1981)を再発。

そして2018年の暮れ、Light In The Atticから「Kankyō Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990」のリリースがアナウンスされる。

環境音楽と「Kankyō Ongaku」

Spencer Doranが2010年7月13日にrootstrataによせた「Fairlights, Mallets and Bamboo」は、2013年1月23日「Music Interiors」となり、2019年2月15日、三枚組のレコード「Kankyō Ongaku」として世に送り出された。

「Kankyō Ongaku」は日本のフォーク/ロックを編集した「Even A Tree Can Shed Tears」に連なるJapan Archivesシリーズでありながら、同時にニューエイジ・コンピレーション「I Am The Center」「The Microcosm」に続くニューエイジ文脈の一枚であることは、ヒーリング・ミュージックを多数発表する喜多郎がかつて所属したファー・イースト・ファミリー・バンドの宮下富実夫、伊藤詳(伊藤明)、また山海塾出身の吉川洋一郎らの収録に示されている。

ニューエイジ、ヒーリング、アンビエント、そして環境音楽の間を繋げるDJ Spencer Dの最新のミックスが「Kankyō Ongaku」なのだ。

ところで環境音楽はエリック・サティの「家具の音楽」から始まったと言われている。家具のように、ただそこにある、リスニングを意識しないような音楽。その始祖として、特にサティ「ジムノペティ」(1888)が挙げられるのだが、2014年12月13日の「Kankyō Ongaku」にも収録されている作曲家・尾島由郎、柴野さつきによるトークイベント「家具の音楽に潜む誤解」でおもしろいエピソードが展開されている。

吉村浩「Music For Nine Post Cards」(1982)、芦川聡「Still Way (Wave Notation 2)」(1982)をリリースした、芦川聡の株式会社サウンド・プロセス・デザインから柴野さつき「エリック・サティ」(1984)を出すために、芦川聡と柴野さつきが打ち合わせをした際のエピソードである。

柴野:(中略)環境音楽の会社だから「家具の音楽」はピアノ曲ではないんだけど入れたいということで、芦川さんと打ち合わせしている中で、芦川さんがポツンと「でも家具の音楽ってはっきり言って聞きづらい曲だよね」って。環境音楽っぽくないよねって、二人の話しの中で出たんですけど。

尾島:それね、僕もやっぱりそうで「家具の音楽」ってコンセプトは面白いけど、実際の音楽はなんか違うよねって思ったんだよね。僕は吉村弘さんとそんな話ししました。彼の広尾の家でレコード聴かせてもらいながらね。

だから「家具の音楽」は聴かなかったことにしようと(笑)。ジムノペディ、グノシェンヌ、あの辺の曲を想起しながら、「家具の音楽」はコンセプトだけにしておく方がいいと長いこと思ってました。

【TEXT】『家具の音楽に潜む誤解』の発言録 ~ エリック・サティ エキセントリック・ピアノ&トーク・ライブ Vol.3より

(エリック・サティの「家具の音楽」が「はっきり言って聞きづらい曲」である理由はこのトークの後半で展開されているのでぜひ読んでほしい)

「家具の音楽」のサウンドでなくコンセプトだけを採用し、ブライアン・イーノ「Ambient 1 (Music For Airports)」(1978)のサウンドに影響を受けながら、環境音楽はアンビエントともニューエイジとも単なるBGMとも異なる、不思議な進歩を遂げた。

2019年2月12日、Vinyl FactoryによるSpencer Doranへのインタビューによると「Kankyō Ongaku」の制作は4年前、つまり2015年に始まったようだ。奇しくも我々が追いかけた物語の起点も、そのほとんどが2015年にはじまっていた。

2010年、mp3blogに提供されたひとつのミックスからはじまった「Kankyō Ongaku」はライセンスにまつわる諸問題の難航によって、リリースに4年もの歳月が費やされた。その間に起きたいくつかの物語……レコード・コレクターとディガーによる新しい価値の提示。歴史の彼方へ忘却されたシティポップやヨットロックの転倒的再評価。アメリカとイギリスからふたたび見出されたニューエイジ。そして彼らの作り出した情報のネットワークをインターネット上に再構築するYouTubeのアルゴリズム。我々をとりまく環境は今まさに「Kankyō Ongaku」によって環境音楽を問い直すにはふさわしい状態となった。

カルチャーの忘却と保存、そして発見と再現。環境音楽にまつわるこの奇妙な運命を辿っていると、かつて芦川聡が勤めていた池袋、西武美術館の隣にあった、美術書、レコード専門店「アール・ヴィヴァン」のエピソードが想起される。

永江朗「セゾン文化は何を夢みた」より、アンビエントの祖、ブライアン・イーノとオブスキュアの、これもまた、奇妙な物語を引用して、本稿を終える。

芦川は八十二年にアール・ヴィヴァンを退社した。前後して環境音楽やレコード制作を行なう会社、サウンドプロセスデザインを設立していた。だがその翌年、芦川は亡くなった。突然だった。中野の寺で行なわれた葬儀で、芦野は泣きながら弔辞を読んだ。弔辞のなかでいまでも憶えているのは、オブスキュアに関するエピソードだ。オブスキュア(OBSCURE)はブライアン・イーノがつくった環境音楽/実験音楽のレーベルだった。それが経営危機に陥ったとき、芦川は芦野を説得して、同レーベルのレコードを大量に買い付けた。おかげでバックヤードは真っ黒になった(オブスキュアのレコードジャケットはどれもほとんど真っ黒で不鮮明な写真だった)。そういうことが許される会社だった。

永江朗「セゾン文化は何を夢みた」より


あわせて読みたい

ニューエイジに関するすばらしい記事です。ぜひ読んでみて下さい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?