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Harry Skoler - Living In Sound: The Music of Charles Mingus

ハリー・スコラーと聞いてピンとくる人は、ジャズを熱心に追っている人でもなかなかいないのではないでしょうか。1956年生まれなのでパット・メセニーやブレッカー・ブラザーズの2人、エリック・マリエンサルといったフュージョン世代の大御所と同世代のクラリネット奏者。リーダー作もマイナーレーベルから出してはいますが、バークリー音大を卒業後にはニューイングランド音楽院のマスタークラスを修了したのちは、エチュード本などを執筆していたり、バークリー音大で教授をやっていて、どちらかと教育者として有名な人。そんな彼が、ミンガスの生誕100周年になる今年にリリースしたトリビュート作が『Living In Sound: The Music of Charles Mingus』。

ニコラス・ペイトン、ケニー・バロンや、クリスチャン・マクブライド、Blue Noteからリリースしたばかりのジョナサン・ブレイクらが参加してたりと、ストレートアヘッド系のベテランミュージシャンが集結してるのに加えて、サラ・ヴォーンらを彷彿とさせた超絶歌唱で話題になったジャズメイヤ・ホーンが参加していて、サニーサイドからのリリースにも関わらず、大手メジャーレーベルさながらの豪華なメンバーがまず注目なところ。ミンガスのメランコリックさを帯びるメロディを、表現力なら申し分ないメンバーとともに、スコラーが優しく、哀愁もノスタルジックさも醸して吹いてるだけで普通に最高なんですが、今作を特別なものにしてるのは弦楽四重奏入りでアレンジした編曲家。ストレートアヘッドなバンドメンバーに反して、アンブローズ・アキムシーレ、ファビアン・アルマザン、ダーシー・ジェイムズ・アーギューと、現代のミュージシャン・作曲家の中でもとびきり尖った人らが参加してることでしょう。

並べただけのプレイリストですが、よければ聴き比べにどうぞ

まずはチリ出身のピアニストのファビアン・アルマザン。自身のレーベル”Biophilia Records”からリリースした弦楽四重奏とプログレッシヴさを同居させた『Alcanza』が話題になっていたのがまだまだ記憶に新しいところ。彼はトランペッターのテレンス・ブランチャードのバンドで長年ピアノを弾いていて、そのテレンスはスパイク・リーの映画で長年音楽を手がけていることで有名な人。そんなテレンスが作るシネマティックさすらある楽曲が持つムードを適確に組み、それでいて即興的に面白いコードやフレーズをぶっこんでくるような人で、表現する力が尋常じゃなくある人です。実はアルマザン自身も映画音楽を手がけている人で、熱心な方ならキム・ボラの短編映画『リコーダーのテスト』で彼が手がけた音楽が使われているのに気づいた人がいるかも。

元々はレスター・ヤングに捧げた曲で、ジョニ・ミッチェルをはじめジャンルを横断して数多くのミュージシャン愛されカヴァーされている「Goodbye Pork Pie Hat」。現代ジャズのミュージシャンもしょっちゅう取り上げることで有名な曲ですが、ピチカートからシネマティックに不穏さや哀愁を存分に描くムードを存分に描く。スピリチュアル・ジャズの名盤として数多くの作品を残すドラマー、ダグ・ハモンドが作曲し歌詞をつけた「Moves」では切ない歌詞とメロディ、そして唯一参加しているジャズメイヤ・ホーンのヴォーカルとハミングがより引き立てるように最低限のストリングスを施しつつも、終盤は雪崩れ込むようにドラムを配置して混沌を描いていて圧巻の一言。そして今作品を通して屈指の存在感を放っているのが「Remember Rockefeller at Attica」。アーチー・シェップの「Attica Blues」と同じ題材の1971年に起きたアッティカ刑務所暴動を描いた曲で、リトルロック事件が題材の「Fables Of Faubus」と並ぶミンガス屈指のプロテストソングです。高らかなで明瞭なメロディに反してストリングスが不穏さや混沌さを描くようにパラレルに配置し、やがてバンドの演奏すら飲み込んでゆく編曲がまず素晴らしいですが、ペイトン、バロン、スコラーと気持ちのよいソロが挿入されるのも束の間、演奏はフェードアウトしていき再び不穏なストリングス、さらには事件を放送するニュースの声を挿入するといった徹底ぶりで、テレンスの映画音楽ワークスどころかスパイク・リーの映画にも通じるようなリアリズムすら宿らせているのが圧巻。


アンブローズ・アキムシーレはBlue Noteの看板アーティスト。21年にはがっつりBLMと呼応してアブストラクトな即興は恐ることなく表現した意欲作『On The Tender Spot Of Every Calloused Moment』が話題になった人ですが、それまで作ってきた『Origami Harvest』と『Imagined Savior Is Far Easier to Paint』では弦楽四重奏を起用して即興とラップやポエトリーなども楽曲の中でハイブリッドに共存させてきた人でもあります。

ドン・ピューレン作曲の「Newcomer」ではメロディ対位法的に進行するストリングを配置しつつ、メロディやスコラーのソロに寄り添い、原曲の雰囲気をさらに引き立てる編曲をほどこし、「Invisible Lady」でもミンガスのテイクからさらにテンポをぐっと落とし、ブルージーなメロディをさらに引き立てている。生涯を通してプレテストな立場を明確にしつづけていたのがミンガスですが、ライブでこそ過激さを感じる爆発力を見せる瞬間はあっても楽曲自体にはその過激さは持ち込まず、ブルージーだったりメランコリックだったりするメロディが美しく聴きやすい楽曲の方が多い。あくまで”歌”的に曲を作り、そこにタイトル含め明確すぎるほどの意図やストーリー性を込めてきたきたのがミンガス。アルマザンの編曲に比べると、アキムシーレに期待するようなアブストラクトな局面も少ないですが、そんな彼が作る楽曲に一番寄り添い、最低限の編曲をほどこし、楽曲本来のメッセージや雰囲気をさらに引き立てているのがアキムシーレが今作でやったことと考えると、妙に納得がいくような気がします。


ダーシー・ジェイムズ・アーギューは自身のラージアンサンブル”Secret Society”を率いるコンポーザーで、これまでリリースした作品が軒並みグラミー賞にノミネートされるなど、大編成なアンサンブル屈指のコンポーザー。同じく現代ラージアンサンブルの旗手であるマリア・シュナイダーの影響はもちろん、エレクトロニックやインディーロック的な感性を持ち込み、楽器や配置やコンポジションの妙でエフェクティブさを演出する俊英。いわゆるインディークラシックと呼ばれるクラシックの域を超えてハイブリッドな作品を送り出しているレーベルNew Amsterdamに作品を残しています。なかでも脚本家と映画監督と共同で制作された『Real Enemies』は混沌としたアメリカ史を音楽からアプローチしたコンセプチュアルかつ、現代ジャズアンサンブル屈指の作品。

そんな彼の意匠が編曲でも遺憾なく発揮されていて「Peggy’s Blue Skylight」のイントロで見せる、ミンガスが生きていた時代の喧騒や混沌すら(これはスコラーの幼少期の記憶ともリンクしている)をも描くようなアレンジはその良い例でしょう。反面、タイトル通りデューク・エリントンに捧げられたゴージャスさ溢れる「Duke Ellington’s Sound of Love」では、これでもかというほどスコラーのクラリネット甘く響かせ引き立つような編曲にに。「Sue's Changes 」はゆったりとしたパートと軽やかでスウィンギンなパートとが入れ替わるコントラストが楽しい曲で、ミンガス自身のテイクではドン・ピューレンのピアノが描く心地よいカオスさが面白い曲。アーギューはストリングをパラレルに配置して、コントラストをグラデーションでつなぎ必然性を持たせたり、パートをごちゃ混ぜにして、あたかもクロスフェーダーを真ん中にしたような効果を生み出しているのもさすが。冒頭と最後にはモンクの「Evidence」が使われるのも面白いアイデアだし、混沌としたパートを入れてもディテールを損なわないのは、現代屈指のコンポーザーならではの編曲といえるのではないでしょうか。


ミンガスの楽曲に取り組んだバンドは、ミンガスの楽曲を専門にやる"Mingus Big Band"や"Mingus Dynasty"などがありますが、今作『Living In Sound: The Music of Charles Mingus』では保存や懐古的なものにするのではなく、フォーク由来のダーティさを醸した太っい音で迫り、センチメンタルでメランコリックな雰囲気を漂わせるのが強さであり優しさであり政治的な姿勢でもあったのがミンガスの楽曲を、構成やハーモニーを改めて再考してい再構築し、これまで聴いたことがないような編曲を施したことが3人の編曲家に共通するところで、数あるトリビュートの中でも頭ひとつ抜きん出た作品になっています。官能的ですらあるエレガントさは残しつつ、ザラついた感触がなく質感的にはかなり洗練されているのも特別なものにしている気がします。

ジャズが大きく変わった21世紀なりのやり方(大胆なサンプリングだったりリミックスなど技術的なアプローチを含む)でモダンジャズ黄金期に活躍したいわゆるジャズ・ジャイアントのトリビュート作がどんどんリリースされています。メジャーどころで言えば、マカヤ・マクレイヴンの『Deciphering The Message』や、メラニー・チャールズの『Y'all Don't (Really) Care About Black Women』、サッチモへのトリビュート作『A Gift to Pops : The Woderful World of Louis Armstrong All Stars』など。マイナーところまで広げるとクリス・パティシャルによるメアリー=ルー・ウィリアムズの楽曲を取り上げた『Zodiac』なんかが筆頭ですが、目に見えたハイブリッドさはなくても、これらの作品群と並べても面白く聴けるのが今作なのかなと思ったりします。こういうトリビュート作ドンドン出てきて欲しいですね。

加えてもうひとつ言うとすれば、今作を制作するに至ったきっかけがスコラー自身のメンタルヘルスに由来していること。うつ病を発症したタイミングでプロデュースを手掛けるウォルター・スミス三世(プレイヤーとしても多くの作品を残している現代ジャズの重要人物)と出会ったのが始まり。多感な時期にミンガスを聴いて衝撃を受けたことが深く記憶に残っているらしく、取り上げる楽曲にやや偏りがあるのはそのためかも。エスペランサがバークリーで”Songwrights Apothecary Lab”を主催し音楽療法に取り組み、フレッド・ハーシュも自身のメンタルヘルスやメディテーションを兼ねて作品を作ったりしているし、LAまで目を向けるとメディテーションのための音楽を作っているやつもゴロゴロいたりするので、自分のため(でもあり誰かのためでもある)の行動が、いいプロデューサーと出会うと、こうも良いものができるのかとも思いました。こういったジャズの側面も今後重要な作品を産みそうな予感がしてます。

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