先生とわたし(前半)

私と先生が出会ったのは、今から約10年前の春でした。
先生が数学の教科担当で私はただの生徒。
なにがきっかけて仲良くなったかは忘れたけど、お互いイジりイジられ、仲良すぎて付き合ってるとか言われてました。
先生は基本的には女子はさん付けで呼びますが、私のことはなぜか「お前」呼び。
オスゴリラと思われていたようです(笑)

その頃の私は好きな人が他にいてずっと報われない片想いをしてました……
先生とは仲が良かったですが、そんな話をすることもなく卒業し、私は県外の大学に進学。
帰省した時は飲みに行ったりしてましたが、ある日を境に私は先生の前から姿を消しました。
連絡も取らず、会わず。
それには理由がありました。
片想いだった人が私に好意を向けてくれたのです。
でもお付き合いまでは至りませんでした。
好きだった人は、私が追いかけると逃げ、私が引くと追ってくるような人で、今思えばアホな男にひっかかったなあ、と思うのですが、その頃の私はただその人のことが大好きでした。
でも、私は結局その人には遊ばれただけだと気づいたのが、先生の前から姿を消した2年後でした。

私はかなり落ち込み、失意のどん底に。
そして私が22歳の誕生日を迎えた日、先生はわざわざ私をFacebookで探して、メッセージを送ってきました。

「お誕生日おめでとう。帰ってきたらお祝いな」

絵文字も顔文字もない、言葉でした。
私は「覚えてたの?」と返しました。
ずっと無視していた先生に言葉を返しました。
先生は「忘れるわけないだろ」とまたそっけない言葉で返してきました。
それでも、私は嬉しくて、次の帰省の時にようやく先生と会うことになりました。

先生は、私がなぜ姿を消したか、この2年近い月日になにをしていたか、そんなことは聞いてきませんでした。
私は、そんな先生にすべてを話しました。

好きな人がいたこと。
でもその人はただの遊びだったこと。
それがショックだったこと。
その人を追いかけた高校時代を忘れたくて、高校時代の人とは関わらないようにしていたこと。

先生はすべて聞いた上で「うん」と頷いただけでした。
私は、先生が私の行動のすべてに何も思っていないことを悟りました。
私が変わっていっても、先生は変わらずに私を心配してくれていたことを、私は理解しました。

それから社会人になり、私も多忙になりましたが、何かの折には飲みに行くようになり、高校時代に関わった人の中で唯一関わりを持ち続ける人となりました。

社会人2年目の秋、私はある病気を宣告されました。
治療をするなら、その期間子供は望めないこと、そしてその期間がどのぐらいなのかはわからないことも同時に宣告されました。
私は結婚願望はありませんでした。
なので子どものこともあまり真剣には思いませんでした。
でも、結婚しても子供は望めないのであれば一生一人で生きていく可能性が高くなるという現実を受け止めることもできませんでした。

そしてその秋に私は24歳になりました。
24歳の誕生日の日も先生は私に「おめでとう」と言ってくれました。
誕生日祝いに飲みに行った先で私は自分の病気のことを告げました。
先生は真剣な顔でしっかり話を聞いてくれました。
私はいつもより回るのが早いお酒に意識を取られ、気づいたら実家の自室で眠っていました。
先生は私の免許証を見て、タクシー代を運転手に渡し、私を家まで帰してくれたらしいです。

それから1ヶ月後、私は入院しました。
ひとり病室で過ごす私に、先生から忘年会の誘いが届きました。
私は「入院してるから無理」と断りました。
「どこに入院してるの?」と聞かれたので病院名を告げるとその日の夕方に先生は病院まできました。
でも、家族以外は面会できなかったので、会えませんでした。
私が先生の来訪を知ったのは、看護師さんが病室に届けてくれた手紙を見た時です。

「お大事にしてください」

私はそれを見てすぐに先生に連絡しました。
先生は「会えるようになったらまた行くから教えてな」と言うだけでした。
それから4日後の12月29日にようやく面会できるようになり、先生に連絡しました。
するとその日の夕方にきました。
私の好きだったお菓子を持ってきて、「お前、昔これよく食ってたろ」と笑う先生を見ると私は涙が止まらなくなりました。
先生は「うんうん、しんどいんだよな、つらいなあ、でもお前は悪くないからな」とひたすら繰り返しながら背中をさすってくれました。

そして年明けに退院し、私と先生は地元でも有名な神社に初詣にいきました。
快気祝いも兼ねて、今後の健康をお参りしました。
そこには雄獅子と雌獅子がいて、男性は雌獅子へ、女性は雄獅子へお願いすると、よき相手に恵まれるという言い伝えがあります。
先生は雌獅子へ、私は雄獅子へ、それぞれいき、お参りをしました。

先生はやたら真剣でした。
私はお参りもそこそこに、先生が終わるのを待っていました。

「ずいぶん真剣だったねー」
私はそう声をかけました。
「お前はあんまりだったな」
先生は苦笑いをしながらそう言いました。
「私は…もう諦めてるからさ。病気もあるし、結婚なんて別世界の話」
先生は無言で私の先を歩きました。
そして振り返ってこう言いました。

「お前いくつだ」

私は「24歳だけど…」と答えました。
女性に歳を聞くなんてなんと失礼な!とおどけてみせると先生は「あと3年」と呟きました。
私は「え?なにが?」と聞き返しました。

「東京オリンピックまでに結婚できなかったら、俺の嫁になるんだろ」

私は「何言ってんの???大丈夫??」と真顔で聞き返してしまいました。
先生は「お前覚えてないのかよ。この前酔っ払ってお前叫んでただろ。東京オリンピックまでに結婚できなかったら結婚してくれー!ってでっかい声でさあ」と呆れていました。
私はまっっったく覚えてないですし、今でも思い出せません(笑)

その衝撃発言を知ってから私はいろいろ考えるようになりました……

(後半へ続く…手が疲れた)

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