たりないのでつぎたす

ワンマンを終え、春休みを終え
制作に本腰が入ってきた今日この頃。

春休みの間どこへゆき何をしたかの話を少し書いてから
本題に入ろうと思います。

まず、どことは明記しませんが
東京から離れ山のある場所で4~5日過ごしました。
自然と大きなイオン
国道沿いに並ぶ大きな薬局や大きなラーメン屋
そういう場所にいました。

とにかく「東京から離れること」が私には必要で
色々な状況が重なる中で
本当に物凄く躊躇しましたが
このまま東京にいても
また心身ともに不健康になる予感がして
止むを得ずの事態だ、ということにさせてもらって
少し離れることにしました。
マスクをして、移動するごとに除菌をして。

離れてからの毎日は
山を歩いたりだとか
公園でぼけっとしながらその地方のラジオから流れる
ラフマニノフのピアノ協奏曲を聞くだとか
持ってきた本を読んだり
Huluで映画を見たり
コロッケを作るなど。

「休日にすること」で思い浮かぶ
大体のことをして過ごしました。
いっそここに住んでしまおうかと思いましたが
そういうわけにもいかず。

4月に入ってすぐの頃には東京へ戻りました。

それから、何年も前から行きたかった
「三鷹の森ジブリ美術館」へ。
私はスタジオジブリの作品も大好きですが
アニメオタクを突き詰めると
作り手の考えや意思を
知りたくなるようになります。

勿論、作品だけが好きなものはたくさんあって
というより
ほぼ私の好きなアニメーション作品は
アニメ制作会社やアニメーターにまで
興味が湧くまでにはいかないのですが

スタジオジブリのアニメ
スタジオカラーのアニメ
は、どれも制作者の意思や
その時の気持ちなどを
知りたくなる魔法のような力があります。

全てはわからないけれど、その知りたい部分を
唯一知れる場所、それが
「三鷹の森ジブリ美術館」なのです。

アニメの制作を1960年代から現在まで
ずっと作り続けることの凄みが
ジャンルは違えど曲を「作る者」になってから
より感じるようになって
どうして今もなお作り続けるのか
その答えを見つけるためにも
偶然予約が取れたので行くことにしました。

内容を詳細には書けませんが
小さな町の映画館のようなコーナーでは
10分程度のアニメーションが見られます。
私が行った時は「たからさがし」という題のお話。
薄暗くなって、お話が始まる、と思いきや
2本立てになっていて
はじめに流れたのは宮崎駿さんが
豚のキャラクターに扮して
あれこれ飛行機の話をするアニメ。
これを見たのは入館してすぐだったんですが
そのわずか5,6分の飛行機を語るだけのアニメを見て
すぐに
「自分が好きなもの、大事にしてるものをアニメを通して伝えることが好きなんだなあ」と思いました。

考えてみれば
天空の城ラピュタに登場するタイガーモス号や
紅の豚に登場するファインモールド
最近の作品だと風立ちぬの零戦。
機械、特に空を飛ぶものが宮崎さんの映画には多くて
しかもそのどれもが「格好いい」
あの格好よさは好きだからこそ描けるものなんだろうと
今回美術館へ行ってみてより納得がいきました。

それと、大事にしてるものといえば
ずっと変わらず残り続けてきた「自然」
だと思います。
ジブリのアニメーションの中で特に宮崎さんの描く
「自然」はどれも生き生きとしていて
画面からでも澄んだ風を感じるような風景が
私は大好きです。

これも今回美術館の至る所で
どれほど大事にしているかを感じることができました。

休憩スペースには大きな鉢があって
その中でメダカが泳いでいたり
カフェテリアには薪を焼べる暖炉があったり
中庭に井戸があったり
館内のどの窓をのぞいても新緑が風に揺れているのが見えたり

私の生きる現代ではもう「古き良き文化」
となりつつある温かみが
今でもちゃんとそこには生きていて
そして触れて、感じることができる。
今を生きる人にアニメの中だけでなく
触れることできちんと「伝えていきたい」
という気持ちが手に取るようにわかりました。

展示物もどれもこれも
「ほら、すごいでしょ!これもみて!あれもみて!」
とすぐそこに宮崎さんがいるような気がしてしまうくらい
古いもの(30年近く前の「魔女の宅急便」のセル画など)
でもまだ温かみが残ってて
それも全て手書きだからこそのものだな、とすごく感じました。

作業をする机の展示には動画用の紙や
小さくなった鉛筆の山
Peaceの缶タバコ
書きかけの作画、山積みの資料や書籍
アニメーションを作る環境も切り取られてて
感無量でした、本当に良かった。

そして、通して観て、触れて
私も作品を作りたくなりました。
やっぱり目の前で、
作ることや作る上で生じる苦しささえもを
こんなに楽しんでる人を見ると
作りたいという気持ちが本当に湧いてきます。
例えるなら、初めてギターを買った日の夜や
大好きなバンドのライブを
初めて観た時に近いような気持ちに近い
私の胸の奥でちいさな衝動が爆発して
その火が導火線を伝って
手を動かし、頭を回転させるような感覚


曲を作ることが「楽しい」という気持ち以外に
様々な場所や環境で「どこかで役にたつかもしれない」
と拾ってきた重たい無駄なものたちを
肯定しつつ、捨てる勇気をくれるような場所でした。

さて、長く三鷹の森美術館の話をしましたが
もうここまで書いてなんとなくお分かりの通り
私は最近「曲を書くこと」ってよくよく考えたら
どういうことなんだろう?という
迷いのフェーズに入っています。

これは全く悪いことではない
と今となっては言えますが
これを考え始めた頃は物凄い恐怖でした。

良くも悪くもその時の気持ちだけを
「吐露」してきたのが
ひかりのなかに の第0章だとした時
紆余曲折ありながら始まった第1章では
どういうことを書こうか
また、どのような部分がひかりのなかに らしさなのか
全くわからなくて
わからないことが今までなかったから余計に
焦った気持ちが空回りをしていたので
と色々模索しよう、
という気持ちにまでたどり着くための
春休みだったわけです。
要するに心の整理整頓週間、のようなもの。

自然に触れて、好きなものをみて
好きな人たちの考えや言葉を聞いて
アップデートしたら
わからないことは不安だけど
それだけ考えられる余地があるという
切り替えまでできるようになってきました。

どれも未来の私が自由に創作ができるようにするため。
ワンマンではアウトプットばかりをしてきたし
遡ると「まっすぐなままでいい」のリリースからずっと
私の、気持ちや
ひかりのなかに の、思いを
吐いて吐いて吐いての日々だったので
久々のインプットはとても有意義だったし
何より心が楽になりました。

これから作る曲たちはどういうものになるのか
私もわからないからすごくワクワクしています。

今は作品になりそうなガラスの割れた破片や流れ着いた貝殻を
浜辺でちょぼちょぼと拾うような作業の段階ですが
今月中には形にするので
制作に没頭します、よっしゃ〜〜書くぞ〜〜〜〜



おわり




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