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現金の価値の意味

1円の価値は1円です。

企業が余分な現金を蓄えていると指摘されることがあります。その際、企業の持つ現金を投資家は低く評価するとの研究が紹介されることがあります。たとえば「投資家は企業の持つ100円を50円と評価している」などといったものです。
1円が1円でないというのは直感と反するものであるため、さまざまな媒体で見かけることがあります。
ただ手法とその解釈には若干の注意が必要なのはあまり知られていません。元になるFalukender and Wang (2006)の論文を読むと、いろいろと興味深い点がありましたので、まとめたものをJxivに公表しました。

リンク先のペーパーは短いものですが、ここではさらに短く内容を説明します。

現金の価値を計測していない

ある企業が一年年掛けて現金保有を90円から100円まで増加させたとしたとしましょう。
Faulkender and Wangの手法は、100円の保有現金の価値を計測するものではありません。増加分である10円を投資家がどのように評価したかを計測するものです。
もしキャッシュリッチな企業があり、その企業はずっと保有現金額が一定であれば、その企業の現金の価値は計測できません。

投資家の期待値

この手法は、上に書いた企業の一年間の現金の増減と同期間の株価変化率を用いて分析をしています。株価は投資家の期待キャッシュフローと資本コストから計算されます。簡単に言うと株価は投資家による企業の期待値です。期待値が変わらなければ、教科書的には株価は変化しません。
またある企業が現金を増加させたとしても、それが投資家が予想しているものであれば、株価は変化しません。一方で、投資家が予想していたよりも現金を増やしているのであれば、その分株価が変化します。
では投資家の予想をどのように取り扱うのでしょうか。実はFaulkender and Wang論文では現金保有(あるいはそれ以外の変数も全て)は一定であり、前年から変化したものは全て投資家にとってのサプライズだと仮定しています。
これは本来強い仮定ではあります。フリーキャッシュフローが増加すれば、配当の増加や自社株買い、資金返済などをしない限り、現金保有も増加します。そうであれば投資家もそれを考慮した将来キャッシュフローを予測しているはずです。そのような変化分を全てサプライズであり、株価の変化に直結すると仮定をしています。

現金保有の増加と減少

最後の論点は、元論文では現金保有の増加と減少を識別していません。
現金を1円増加させたとして、それを企業が無駄にため込むのであれば1円未満で評価するというのが原論文のアイディアです。
逆に現金を1円減少させたとき、企業価値はどのように変化するのでしょうか。もしその1円が有望なプロジェクトに投資をしたのであれば、企業価値はむしろ上昇します。配当や自社株買いに用いたのであれば、1円分減少します。無駄なプロジェクトに投資をしたのであれば、1円以上の企業価値の毀損につながります。
そのため、現金を減少させるときの影響は不明瞭です。

1円の価値

最後に実際に1円の(限界)価値を計測してみました。
たしかに全ての上場企業の情報を用いると、1円の価値は0.3円未満と低いものでした。
しかし、大企業に限定し、さらに前年比で現金を増加させた場合の1円の限界価値は0.9円との結果がでました。つまり、ほぼ額面通りの評価となっています。
逆に前年比で現金保有を減少させた企業の1円の減少分の価値はほぼゼロ、つまり企業価値への影響は軽微でした。
なお大企業に限定したのは、機関投資家など、多くの投資家の評価が含まれるからです。小型企業ほど投資家によるチェックが手薄であることから株価に情報が含まれていないとすると、Faulkender and Wangの手法を用いることは問題があります。
もちろん、投資家の期待値を計測できていないなどといった大きな問題はあるので割り引いて考える必要がありますが、分析対象により結果が大きく異なります。
ただ1円はほぼ1円だとの結果はそれほど突飛なものではありません。事実柳 (2014)の投資家に対するサーベイでは45%の機関投資家は現金1円を1円として評価しているのと整合的です。

というわけで、企業は現金を持ちすぎだ、またそれを機関投資家は過小に評価しているとの言説については、若干の留意が必要だと思われます。

参考文献
柳良平. (2014). 管理会計と日本企業の現金の価値――ディスカウント要因に係る定性的分析と VBM の重要性――. メルコ管理会計研究, 7(1), 3-14.

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