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【コラム】英語のサウンドシンボリズム

亡くなった作家の井上ひさし氏(1934-2010)が、次のように書いている。

「t という音は指示を、s という音は未来を、k という音は疑問を、r という音はまるいことをあらわす、と喝破したグリムにならって、<n という音は否定をあらわす>といいたいと思う」(井上ひさし『私家版日本語文法』新潮社、1981年、169頁)

ある音声が、ある共通した意義を表す。

そういう傾向を探求する分野を、「音象徴 sound symbolism」の研究という。

たとえば、英語の臨体(代名詞)の発音には、<音象徴>を思わせる特徴がある。

少し例をあげてみよう。

◯ 人を表す臨体(代名詞)は、母音で終わる。I、we、you、he、she、they,  who.  …長く伸ばせて、耳に聞こえやすい母音は、人を呼ぶのにふさわしかったのかもしれない。このうち、he とsheは摩擦音系の音をペアにしている。

◯ 話者にとって特定している物事を表す臨体は、[t] または[ð]の音を含むものが多い。 this、that、it、they,  there,  then.  …歯切れがよく、きちんと終わる [t] や[ð]の音感覚が、特定感と相性がいいのかもしれない。

◯ 話者との不特定関係を表す臨体は、[h] 音で始まる。 who、what、which、where、when、how、why. … [h] 音のフワッとした体感覚が不特定感覚と結びつきやすかったのかもしれない。

◯ 遠近を表す臨体のうち、近いほうは閉音系の母音[i]を含む。this, these, here. 遠いものは、開音系の母音[æ] [o] [e]を含む。that, those, there.   …近いものは感覚的には明確、危険などの感覚をともなうので、閉音系の鋭い音がふさわしかったのかもしれない。

◯ 場所をあらわす臨体は、[ɚ]音で終わる。here, there, where. 

◯ 時間をあらわす臨体には、[n] 音が多く現れる。now, then, since, when.

これに似た傾向は、日本語の臨体(代名詞)にもある。

たとえば、話者に近いものは鋭い[k]音を含む「こ」で表し(「ここ」「これ」「こちら」)、遠いものは「あ」(「あそこ」「あれ」「あちら」)、不明なものは「ど」(「どこ」「どれ」「どちら」)で始まる。

言語の基幹をなす臨体(代名詞)には、古代以来の音象徴(人間の身体的な音感覚と、概念上の意味の漠然とした結びつき)が生きていることが多いようだ。

このような音象徴を念頭において、古くからの英語の音感覚を意識しながら練習すると、英語ほんらいの土着的な感覚がわかってくるかもしれない。

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