冠詞 a(n)の「種類」の概念が英語を支えている

英語の 冠詞a(n)には、<個・回・種>という三種類の概念が含まれている。

この三種類を支えているのは、最後<種>、つまり種類という概念である。よく考えると、<個>にも<回>にも、<種>で区別する要素が含まれている。

もともと概念とは、対象を感性的な側面ではなく「種類としての側面」つまり超感性的な(もはや感性から離脱した)普遍的な側面でとらえたものである。

概念は認識の規範として、人間が内心にもっているだけなので、それじたいには音も形もない。この無色透明な=超感性的な概念にもとづいて、認識対象を日本語の感性的な音声や文字に変換すると、たとえば「リンゴ」という語になる。

このとき、リンゴという語の音声や文字は、もはやもとのリンゴとはかけ離れている。

 もとのものとは似ても似つかない、人間がいつでもつかえる音声や文字に変換されたからこそ、私たちは対象が目の前になくても語を操作できるのである。

だからわれわれは、概念を表現する言語によって自由に思考し、表現できる。

こうして、リンゴはなくても「リンゴの唄」は歌える。

赤いりんごに くちびる寄せて
だまって見ている 青い空

サトウ・ハチロー作詞「りんごの唄」

英語の冠詞 a(n) は、ズバリ、言語を可能にしている<種>という概念を表す。

その意味で、英語の a(n) は、人間の言語の基底を示唆している。

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