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遠い戀の記臆

 かつてとても好きだった女性と、中野の路地裏で久々の再会を果たした。もう十年近くは会っていなかっただろうか。端正な顔立ちこそあの頃の面影を残しているものの、十年の月日は残酷なもので、やはり僕の知っている彼女とは程遠いものだった。

 会わなくなって暫く経った頃、彼女を知る友人たちの多くは「彼女は変わってしまったよ」と哀しい顔をして僕に呟いた。中には「会わない方がいいよ」とまで言う人もいた。大切で美しい想い出はそのまま残しておくべきなのは分かっている。しかし、出逢った瞬間に胸がキュンとなり、みるみるうちに速くなっていく鼓動を僕は抑える事が出来なかった。

 「何もあの頃と変わってなんかいないわ」と彼女は僕を見つめて笑って嘯いた。「そうだね」と僕も笑って答えた。しかし愚直で真っ直ぐひたむきだった彼女は、薄汚れた世の中に揉まれていく中で、少女が化粧を覚えていく様にその純真さを覆い隠し、彼女の持っていた本来の輝きや美しさを失っているかのように見えた。

 彼女と会わなくなってから、僕はたくさんの恋をした。彼女が変わっただけではなく、きっと僕も変わってしまったのだろう。ただ間違いなく言える事は、今も彼女は昔ほどではないが多くの人に愛されているという事と、僕は今の彼女を愛することがないという事だ。

 甘くて切ない青春の日々。遠い恋の記臆を手放してしまった夜。さぁ、新しい恋を探しに街に出よう。

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