見出し画像

誰も知らない。

お前はウチの人間じゃない!

お前は出来損ないだ!!!

お前なんか

生きてる価値がない!!!!!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

キーンコーンカーンコーン

昼休み終了のチャイムが鳴る。

教室の喧騒は散り散りになっていく。

今日は何もやる気が出ない。

…サボってしまおう。

俺は立ち上がると屋上へ向かって歩き出した。





キキィ…

錆びた音と共に重たい扉が開く。

「ふぅ…」

俺は適当にその場に寝転がると、空を見上げる。

今日は雲ひとつ無い晴天だ。

……嘘、めっちゃ曇ってる。



なんてことを考えていると。





「サボりくん発見〜!」


「うわ!!!」

空を見ていたはずの俺の視界に、急に女子生徒の顔が見えた。




「あっはは!ビビりすぎ〜!」

その女子生徒はお腹を抱えて笑っていた。

…見たことない子だ。



「な、なんだよ。そっちだってサボってるじゃん。」

「ごめんごめん、ここに人が来るなんて珍しいからさ。」

女子生徒は笑い泣きの涙を拭っている。



「あたしはアルノ。中西アルノって言うの、よろしくね。」

「あ、俺は○○。よろしく。」




お互いに自己紹介をすると、俺も立ち上がる。

「で、○○。何でいきなりサボったん?」

アルノは近くにあった壁にもたれるようにして座る。

俺もその横に座りながら答える。

「や、今日はなんかやる気でなくて。」

「そっかそっか。まぁ、そういう日もあるよね〜」

アルノは相変わらず笑いながら答える。



「そういうそっちはどうなんだよ?さっきの口ぶりだと、いつもサボってるみたいだったけど?」


「まぁまぁ、あたしのことはいいじゃない。女の子のことをすぐに詮索するのは良くないゾ★」

「なんだそれ…」

アルノはウインクしながらおどけてみせた。




「で?実際どうなのよ。」

「は?」

アルノは急に真剣な表情になると、もう一度俺に問い掛けてきた。

「そんな単純な理由でここに来ないでしょ?ホントのとこは何があったのよ。」

「……メンタリストかなんかかよ。」




正直、別に話す必要はなかった。

出会って数分の女の子に。

でも。





何故だろうか、この子には話してみてもいいと思ってしまった。

「……親が厳しくてさ。もっと勉強しろだの、いい大学に行けだの。それがお前の幸せだの。プレッシャーかけてくんだよ。」




アルノは黙って俺の話を聞いていた。

「まぁ、それだけだったらいいんだけどさ。最近はお前はウチの子じゃないとか言われて殴られるようになってさ。そりゃ、やる気もなくなるわなって。」


「…そっか。」



「…って、スマン。こんなしょーもない悩みで。こんなこと誰にも相談出来なかったのに、なんでアルノには出来たんだろ。」


俺は作り笑いでアルノの表情を見る。

「それは、あたしとアンタがある程度無関係だからじゃない?」

「え?」

「そんなこと、大事な人になんて言えないもん。アンタは手っ取り早く弱音を吐きたかったんだよ。」


アルノはまた笑っていた。

今度は優しく微笑みかけるように。


「…そうかも。」

俺は恥ずかしくなって、足元を見る。




「まぁでも、たまには逃げ出したっていいんじゃない?たとえ後ろ向きでも、ちゃんと歩いていれば問題なし!」

「なんだそれ。」

俺はそんなアルノの言葉が、キラキラと輝いて見えた。

確かに、後ろ向きだろうと歩みは進んでるもんな。




「○○!」

「ん?」

アルノは不意に俺の名前を呼ぶ。

「もうサボっちゃダメだぞ!」

「…逃げ出してもいいんじゃなかったのかよ。」



「でも、もし。もしだよ。また何かに迷ったらさ。」

アルノの髪が風に揺れる。

「また、ここにおいでよ。」

「…来たらどうなるんだよ。」

するとアルノはまた笑う。

「そしたら、あたしがいーっぱい笑ったげる!」

「…考えとく。」






どうしてだろう。

俺は、この子にまた会いたいと思ってしまった。

サボるのは今日だけって、決めていたはずなのにな。

その日は終業のチャイムと共に家路についた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「おい、○○。」

俺が部屋にいると扉越しに父の声が聞こえる。

「ちょっと来い。」

俺は抗うこともせずに黙って父の後をついていく。




「そこに座れ、正座だ。」

言われた通りにする。

「この前の模試の結果が届いたぞ。貴様、何だこの点数は。」

「……」




またか。



「この程度の問題も解けない人間に、生きている価値があると思っているのか?」







逃げたい。






逃げたい。








今すぐに逃げ出したい。






すると、アルノの声が頭によぎる。







『たまには逃げ出したっていいんじゃない?』






そこで俺はハッとする。





そうだ。





逃げ出すことの何が悪い。




「おい!聞いてるのか!」



「……………………」



「何とか言えバカモン!!!!!」


父の平手打ちが頬に伝わる。

痛い。

「このゴミ人間が!!!」



「出ていけ!!!!」



父の怒号が響き渡る。


「ちょっとあなた!いくらなんでもそれは…」

母さんが慌てて止めに入る。

「なんだ貴様、このゴミを庇うのか?」

「い、いえ。それは…」



「母さん、大丈夫だよ。」

俺は不気味なぐらいの笑顔で母さんを止める。

「俺が悪かったよ、次からはこんなことにはならないようにする。」

「フン、わかったらさっさと戻って勉強しろゴミクズが。」

「わかった。」



俺は部屋に戻ると財布と携帯だけポケットに入れ、そっと家を出た。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

俺は鼻歌を歌いながら街へと繰り出す。

こんな夜に街へ来たのは初めてだ。



「とりあえず。」

俺は近所のゲーセンへと足を踏み入れようとする。

すると。

「あれ?○○?」

入口近くにアルノがしゃがんでいた。

「アルノじゃん、さっきぶり。」

「何してんの、こんなとこで。」

「いや、俺のセリフだわ。女の子が一人で何してんだよ。」





とりあえず昼間のようにアルノの横にしゃがむ。


「……」

「あ、いや。別に答えたくなかったらいいんだけど。」



「家に居たくない。」

「え?」

「家に居るとね、クソ親父があたしを抱こうとしてくんの。ホントに気色悪い。」


衝撃の言葉だった。

俺には、アルノがそんなことを抱えているように見えなかったから。

「断ったら殴られるしね。今日はなんとか大丈夫だったけど。」


アルノは夜空を見上げながらゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ま、だから逃げ出したってこと。アンタも同じようなもんでしょ?」

「あぁ…俺もさ、今日もぶん殴られたわ。ゴミ人間とゴミクズ呼ばわりのハッピーセット付きだ。」


「あはは…ゴミのツーペアじゃん。」

アルノは、昼間のように笑えていなかった。



「もうホントやだ。生きるの疲れた…」


今にも泣き出しそうなアルノを横目に俺は口を開く。

「アルノ。」

「何?」



俺にはわからなかった。



「彼氏いんの?」



どうしてこんな言葉が出てしまったのか。



「…否。いると思う?こんな底辺で生きてる女に。」



言い訳などでは無い。



「アンタは?」



本当に無意識だった。




「いると思うか?こんな底辺で生きてる男に。」




「………」




でも、気が付いたらもう。




「俺たち付き合わね?」





言葉が浮かんでは俺の元から離れていった。





「…………是。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

それからアルノとは色んな話をした。

一般的には、出会って、仲良くなって、お互いに染まり合って。

そして、惹かれ合う。

そんな恋愛が普通なのだろう。

でも、俺とアルノにそんな「普通」は必要なかった。





「俺、昨日も殴られたわ〜。」


「お〜痛かったでちゅね〜よちよち。チューちてあげまちゅね〜」


「やめろ!!!」

「え、チューいらないの?」

「ぃぃいる!!!」

「ウッソ〜!」

「てめ!アルノ!!!!」




色んな初めてを共に過ごしたアルノと出会ってもうすぐ半年。

お互いの問題は解決しないままだった。

でも、前とは確かに違うものがある。




自分と同じ傷を抱えた存在。

確かに、普通じゃないかもしれない。

でも、俺達にとって一番欲しかった「普通」がここにある。




眠りにつく数秒前や、朝目が覚めたときにふと思い出す愛情があること。





これから沢山の景色を共に見てくれる囁かな約束があること。




「アルノ。」

「なに?」




「高校卒業したらさ。二人で誰も知らない場所に行こう。で、そこで静かに暮らそう。」

「何それ、プロポーズ?」


アルノは顔を真っ赤にして……






いなかった。

またお腹を抱えて笑っている。


「なんだよ、悪いかよ。」



「普通は指輪をくれるんじゃないの?」



「悪かったね、普通じゃなくって。」



俺が逆に顔を真っ赤にしてそっぽを向く。


「悪くないよ。なんかさ、あたし達らしいなって。」

「え?」

「でもさ、アンタなら、"普通"の毎日をくれる気がする。」



そう言うと、アルノは俺の首の後ろに手を回す。


「愛してるよっ!ダーリン!」


そして、二人は抱き合うとキスを交わした。









これから先の未来。





おそらく簡単じゃないだろう。






正解だってわからないままかもしれない。







最終地点がどこかなんて、これっぽっちも想像できない。







それでも、息をするように。







見つめ合うように。







混ざり合うように。







引き寄せられた二人なら。







世界で一番「普通」を愛せる二人なら。








今日もまた、生きていけるだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?