夏のかけら。
長い静寂の刹那、弓矢を射る。
真っ直ぐに飛び出した弓矢は的のど真ん中に突き刺さる。
『おぉー!』
他の部員から大きな歓声が挙がる。
幼い頃より「神童」と呼ばれてきた俺は、弓道部のある高校に進学した。
その後は様々な大会で優勝し、今も部のエースとして期待をかけられている。
…正直、悪い気はしない。が、その期待を裏切らない為にも、精進を止める気はさらさらない。
『じゃあ○○!お疲れ様ー!』
○○:「お疲れ様です。」
他の部員は次々と帰っていく。
俺も帰ってもよかったが、今日はいつもに増して調子がいい。もう少し射っていくか。
その前に少し休憩しよう。俺は誰もいないのをいい事に、その場に座り水を飲む。
??:「邪魔なんだけど。」
背後から声が聞こえた。誰もいないと思っていたがまだ残っていたのか。
○○:「あぁ、すまん井上。気が付かなかった。」
和:「気が付かなかった?まぁ、アンタ程の天才なら私なんて眼中にないわよね、''神童"さん?」
○○:「またそんな棘のある言い方…」
同級生の井上和は、俺の才能が気に食わないらしく、こうやってことある事に突っかかってくる。
女子部員の中では一番成績がいいのだが、ストイックかつ負けず嫌いな性格で、あまり部員とも話している所も見ない。
俺としては、こうやって妬まれることもしばしばあったので今更腹を立てたりはしないが。
○○:「(せっかく可愛いのになぁ…)」
学校でもトップクラスのルックスもあってか、よく男子生徒とか告白を受けるらしいが、それを全て断っているらしい。
どんだけストイックなんだよコイツ…
和:「大会前だってのに、アンタしか居残り練習しないなんてね。」
○○:「ん?あぁ、今回は団体戦ないし別にいいんじゃないか?」
和:「向上心ってものがないのかしらね。」
○○:「まぁ、皆優勝なんて狙ってないだろうし。」
和:「それもそうね。」
井上は黙って練習を始める。
俺もそろそろ再開するか。井上と並んで弓矢を射る。
俺は真ん中に命中。井上は的から大きく逸れる。
和:「……」
○○:「……」
一体どれくらいの時間が経っただろうか。
不意に井上が口を開く。
和:「…今日はおしまい」
○○:「ん?あぁ、そうか。」
和:「アンタのせいで全然集中できないし。」
○○:「え、俺のせいなの?」
和:「そう!」
○○:「え〜…」
和:「責任とって」
○○:「は?」
和:「明日から私をコーチしなさい。」
○○:「なんでだよ。」
和:「嫌なの?」
○○:「嫌っていうか、俺が教えていいのか?」
和:「…やっぱいい。帰る。」
○○:「あ!おい!片付けてけよ!」
俺は仕方なく道場を片付ける。
ったく、なんなんだアイツは…
片付けと着替えを終え道場を出ると、井上がいた。
○○:「あれ?帰ったんじゃなかったのかよ」
和:「…」
○○:「なんだよ。」
和:「たまには一緒に帰りなさいよ。」
○○:「え?まぁ、いいけど。」
井上と二人並んで歩く。
和:「アンタってさ、普段何してるの?」
○○:「何だ急に。」
和:「や、アンタ弓道以外やってるの見た事ないし。」
○○:「別になにもしてねーよ。部活して帰ってメシ食って寝るだけだ。」
和:「休みの日は?」
○○:「あー、最近アニメ観てる。」
和:「アニメ!?」
○○:「なんだよ、別に普通だろ。」
和:「なんのアニメ?」
○○:「あー、最近だと3等分の花嫁だっけ?あれ観てる。」
和:「アンタセンスいいね、私もそれ観てる」
○○:「そうなん?意外だな。あれめちゃくちゃ男向けのやつだろ。」
和:「バカね、可愛い子を見ると男女関係なく癒されるのよ。」
○○:「まぁ、そんなもんなのか?」
会話は相変わらずぎこちない。お互い友達もいない故の悲しい会話だ。
和:「じゃあ、私こっちだから。」
○○:「あ、あぁ。」
和:「じゃね。」
○○:「井上!」
和:「?」
○○:「…また明日。」
和:「…うん。」
明日からは、もう少し上手く話せるようになれるかな。
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