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続・旅と、旅行と、観光と。3つの定義。【完】

以前に投稿した記事で、旅と、旅行と、観光の3つの概念の定義について考えました。そこでは、暫定的に下のような結論に至りました。

【旅行】交通機関を利用し、居住地から一時的に他の場所に出向き、宿泊して帰ってくること。
【旅】基本的には「旅行」と同義であるが、人間形成につながるような旅行が「旅」と呼ばれる。
【観光】旅行先で楽しむために行われる活動であり、具体的には保養、名所見物、親睦、交流などの活動。

けれども、納得はいかず、もう一度考えてみたわけです。

学術的な定義を再び

日本観光研究学会監修の『観光学全集』第1巻では、24時間以上1年以内で居住地に戻ってくる旅行が「ツーリズム」とされており、その下位概念に「観光」は位置づけられています(溝尾,2009)。その「観光」については、観光政策審議会の定義である「余暇時間の中で、日常生活圏を離れて行う様々な活動であって、触れ合い、学び、遊ぶということを目的とするもの」(運輸省運輸政策局観光部・観光行政研究会, 1995)が浸透し、観光は、「楽しみを目的とした旅行」と定義されています(岡本, 2001; 前田・橋本, 2015)。では、類似概念の「旅」に関してはどうでしょう。

日本国際観光学会監修の『観光学大事典』では、「旅」は、「旅行」が楽な空間移動なのに対して、苦労を伴う空間移動というニュアンスがあり、困難な環境の中で長距離を徒歩で移動するような伝統的な空間移動を想起させると記されています(安村, 2007)。このような「旅」と「旅行」の相違については、古くは柳田(1976)やBoorstin(1962)においても指摘された通りです。

ただ、「旅行」が楽な移動で、「旅」を苦の移動として区別してしまうと、先の『観光学全集』や観光政策審議会の定義との整合性が保てなくなってしまいます。

林(2022)の分類

そこで、「旅行」、「観光」、「旅」という概念を下の図のように整理してみました(林, 2022)。

図1.旅行-観光-旅の分類

居住地から一時的に他の場所に出向き、宿泊して帰ってくることが「旅行」(ツーリズム)です。その下位概念として、保養、見物、親睦、交流など旅行先で楽しむために行う活動である「観光」を位置づけます。さらに、観光を滞在・周遊型の観光旅行と、放浪・行脚型の観光旅行とに区別するのです。

滞在・周遊型の観光旅行とは、多くの人々が行う一般的な観光旅行を想定しています。一カ所に滞在して観光するか、複数の土地を周遊するにしても、移動においては、快適さや速さが重視され、「楽」の要素を多分に含みます。いわば地点から地点へ飛び移るような旅行であり、「行楽」との言い換えも可能です。

一方の放浪・行脚型の観光旅行とは、比較的長期間(長距離)に渡り、徒歩や乗り物で移動することそれ自体も目的の一つとし、そこに伴う苦労や不自由を享受しようとする心構えがあるのです。「楽」の要素を含みながらも、薬味のように「苦」の要素も含みます。こちらは、地点と地点を繋ぐ線を移動する旅行であり、「旅」と同義となります。

観光をスペクトラムで捉える

林(2022)では、滞在・周遊型の観光(行楽)と、放浪・行脚型の観光(旅)とに区別しましたが、例えば豪華クルーズ客船での世界一周旅行であれば、長期的で移動自体が目的の一つとなりますが、そこには苦労や不自由の要素は少なく快適さが重視されます。また、自転車で琵琶湖を一周するビワイチなどは、移動に主眼があり、苦労や疲労の要素を多分に含みますが、1泊や2泊で達成されることが多いため、旅行は短期間です。

これを踏まえると、行楽と旅を一義的に定めることは難しく、下の図のようにスペクトラム(連続体)で捉えることが適切と言えそうです。それぞれの観光旅行は、「他律↔自律」、「確実↔不確実」、「場所・滞在↔移動」、「快適↔苦労・不自由」といった軸で、「行楽」寄りなのか「旅」寄りなのかを位置づけることができるでしょう。

図2.スペクトラムとしての観光

「他律的↔自律的」
 
旅行そのものの意思決定、旅行前・中の選択での自己決定の程度
「確実性↔不確実性」
 旅行中に偶発的な出来事が入り込む余地がどれだけあるか
「場所・滞在↔移動」
 移動の過程を旅行目的の一つとする程度
「快適↔苦労・不自由」
 特に移動において苦労や不自由を享受する程度

これら4つの軸においてすべて右側に布置されるような旅行としては、巡礼路やロングトレイルを歩く旅、バイクや自転車などでの日本一周(日本縦断)の旅、海外での長期バックパッキング旅などがあげられます。逆にすべて左側に布置されるような具体例としては、旅行会社によって企画されるパッケージツアーへの参加、職場の慰安旅行への参加などがあげられます。

しかし、長期のバックパッキング旅などであれば、低予算で頑張った自分へのご褒美に豪華なホテルに宿泊することや、骨休めとしてビーチリゾートで沈没することなどもあるでしょう。このように、1回の旅行の中でも、ある一定の期間や日数において、「旅」モードから一時的に「行楽」モードに切り替わることなども考えられます。私たちは、観光旅行を実施する中で、旅と行楽を使い分けながら、楽しみを見出していると言えるでしょう。

引用文献

Boorstin, D. J. (1962) The image: A guide to pseudo-events in America, New York: Vintage Books.

林幸史(2022) ユーダイモニックな「旅」の研究ことはじめ―日本一周一人旅の事例から― 日本観光研究学会全国大会学術論文集, 37, pp177-180.

前田勇・橋本俊哉(2015) 「観光」の概念(前田勇編著『新現代観光総論〈第3版〉,学文社),pp5-15.

溝尾良隆(2009) ツーリズムと観光の定義(溝尾良隆編著『観光学全集 第1巻 観光学の基礎』, 原書房), pp13-41.

岡本伸之(2001) 観光と観光学(岡本伸之編『観光学入門』,有斐閣),pp1-22.

柳田国男(1976) 旅行の進歩および退歩(柳田国男著『青年と学問』, 岩波書店), pp50-69.

安村克己(2007)旅行(香川眞編『観光学大事典』,木楽舎), p20.