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また始めるために

3年間受け持った生徒が卒業した。

最後の1年はひどいものだった。
はじめの2年間で、自分と特性の近い自閉の人たちとクラスをつくり、周りにも認めてもらって、自分の実力に浮き足立っていた。
最後の1年で意外なクラスを任され、正直それでも余裕だろうと思っていたのだ。
始まってみるとそれまでは落ち着いていた生徒からの激しい反発、暴言。一人言うことを聞かないことで学級が成立しない。
これまで学んできた理屈、教材、どれだけ洗い直してやり直そうとしてもうまくいかず、周りからもどうして自分が苦境に陥っているのか理解が得られない。
とにかく潰れないでここに居続けることが最優先だと思い、時間が過ぎるのを待つような日々だった。


私はもともと子供が好きじゃない。人間が苦手だ。
人と一緒にいたいと思わないし、たぶんそれほど興味がない。
まして人を動かす力というのがない。
身近な人に話す時でさえ、いつも声が小さくて聞き返される。そもそも伝える気がないと、ばれてる。
人に知ってほしいけれども、伝わるはずもないし、怖い。
根本的にそういう気持ちがある。
そのことを見透かされているようで、とても怖かった。
そんな気持ちで教師ができるのだろうか。そもそもやりたいのだろうか。
正直わからない。この仕事で好きな部分もたくさんある。自分にできることもあるとは思う。でも、はじめから痩せ我慢しているとも言える。

体調不良も多くて、結局最後の最後もインフルエンザになり、準備してきた仕事もまた人に頼んで、卒業式当日だけ出席するという始末。
さすがにこれはこたえた。
休み中どう過ごしていいのかわからず、観たい映画も尽きて、どうでもいいドラマを流しながら時間が過ぎるのを待った。
こういうときどう考えていいかもはや分からなくなった。
書くべき文章も思い浮かばない。
この数年、自分で本を読んで一生懸命自分の治療をしてきたつもりだったけど、結局自分は変わらないのではないか、ずっと続くのだ、と思って、やっていられないような気持ちになった。
これがずっと続くのだ。
この世はゆるい地獄だ。



来年度の準備を始める気になれず、とりあえず何か読みたい本を探そうと思って、教育書売り場に行った。
特別支援のコーナーに、平熱さんの本が並んでいた。
以前からツイートを見てはいたけど、同業者にとってはあらためて読むまでもないか?と思っていた。開いてみると、どうやら特別支援教育の解説本ではない。これは何?と、ただならぬものを感じ買ってみた。

私は教育書や哲学書を読むのが好きだ。
今の学校に来てからは、アドラー心理学による学級経営、一人一人を活かす教室、自閉症教育、ケアリング、いろんな本から思考をインストールしようとしてきた。
正直特別支援学校の仕事では、お手本にすべき本を見つけるのが難しい。
小学校の実践に憧れては、周りの実践から浮き、実態に合わない子供に無理をさせる。
福祉の視点も心理学の視点も、学校教育という現場からはどこかズレている。
ここで何をすればいいのか。何をするのが正しいのか。自分一人ではなく、周りの人たちと共にある中で。
ずっとしてきたことなのに、すぐに分からなくなる。自分は何も分かっていないのではないかと思う。
教室に溜まった何年分かの教材を片付けたり捨てたりしながら、結局何に時間を使うのが、この人たちのためになるのだろうと考えていた。


平熱さんは、難しい言葉を使わない。むつかしい話は、難しい言葉では語れない。難しい言葉で語られるのは難しい話だけだ。
難しい言葉を使わなくても、大切なことは全て語ることができる。

平熱さんは、特別支援教育を通して自分が救われていると言う。一見スマートに見える人にも、その人にしか分からない傷があり、ゆるい地獄を生きている。それを誰かのために差し出すことで救われる自分がいる。
私もそうだ。自分の弱さや傷ついたことがあるから、この人たちのためにできることがあり、やりたいことがある。
私は自分の力を見せつけたり、周りに認めさせるためではなくて、この人たちのために仕事をしたい。

私は難しい話が好きだ。好きなのはいい。でも難しい話では、人とつながれない。生徒と、同僚と、つながれない。
だったら私は、自分の好きなことにこだわることはやめてみる。好きなことを死守して自分を守ろうとすることをやめてみる。
これまではそれができなかった。でももう何年も働いてきたから、私にも経験値というレベルは上がっている。これまでと同じではない自分のあり方も、少しずつできると思う。


結局他に買った本もそれぞれによくて、新年度から実践してみようかなと思える本も見つかった。
これまでの自分を意識して忘れて、新しい在り方を始めること、自分をトレーニングすること。難しいと思うし、馬鹿馬鹿しいような気もする。
でも私は私のボケとして、この新しい実践をやってみたいと思う。ツッコミよりはボケでいようとすることは、平熱さんから一番学ぶべきことだ。
難しいけど大切なことだ。
この仕事を続けることで少しずつ大人になっていこう。
もう少しやってみよう。




春休み。同僚に薦めてもらった展覧会がよかった。


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