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お互いの文化を理解すること

異文化理解力 (Erin Meyer)

前回の「最後はなぜかうまくいくイタリア人(宮嶋勲)」を読み、異文化の違いについて興味を持ち、次は「異文化理解力(Erin・Meyer)」を読んでみました。

「異文化理解力」とは、相手の発言や言動の真意を理解すること。そして、自分の言動を相手がどう捉えているかを理解すること。育った環境や価値観が異なる人と働くときに、行き違いや対立を避け、確かな信頼を築く技術。

「異文化理解力」(Erin Meyer)

当然、日本人にもいろいろな人がいるように、個人差は大きいものの、文化間でとらえたときに、個人差よりも大きな違いがあるというのが本書の内容です。

例えば、下の図は各国のコミュニケーションによる分布。
アジアは、仏教・儒教・道教の影響か、ほのめかした内容で伝える傾向があるようです。
特に、島国で単一文化の日本は、一番右。
ロジカルな西洋文化は左から真ん中。
多くの民族からなるアメリカは一番左。

2か国間、3か国間でみるときは、相対的な位置でみることが必要。例えば、右に位置する中国も日本からみればはっきりものを言う文化にみえます。

ローコンテクスト:よいコミュニケーションとは厳密でシンプルで、明確なものである。メッセージは額面通りに伝え、額面道理に受け取る
ハイコンテクスト:よいコミュニケーションとは繊細で、含みがあり、多層的なものである。メッセージは行間で伝え、行間で受け取る。ほのめかして伝えることが多く、はっきりと口にすることは少ない

「異文化理解力(Erin Meyer)」

各指標による異文化の特徴

本書のなかで、8つの指標から各国の文化の違いが表現されています。
本書の内容を整理したものが以下の図になります。

①コミュニケーション
 はっきり言う文化かほのめかす文化か
②評価
 ネガティブなことを伝えるときに直接的か
 間接的か
③リード
 組織が階層的か平等か
④決断
 合意して決めるかトップが決めるか
⑤信頼
 信頼を得るのに必要なのは仕事か、人と
 人との関係が大切か
⑥見解の相違
 見解の違いをはっきりさせるかしないか
⑦スケジューリング
 計画(直線的)を重視するか、柔軟か
⑧説得
 説得の仕方が原理に基づくか経験に基づくか

異文化理解力「Erin Meyer」
Webサイト https://jinjibu.jp/hr-conference/report/r202005/report.php?sid=1824

この文化間の違いが分かっていれば、仮にドイツで働くとき、
「コミュニケーションや評価は直接的で仕事をうまくすることで信頼が獲得できる。締め切り・時間にはシビア。決断・合意は日本よりトップダウンの傾向。」
と自分の感覚との違いを理解し、適応させることができます。

どの文化がいいというのではなく、自分と違う文化をもった人たちの違いを知り、尊重し、お互いの文化に歩み寄ることが必要と思います。
これは同じ文化・国のなかでも同様。各地域・家族の単位でもそれぞれの文化があり、それを尊重することが大切です。

日本の文化を知ること

そして、合わせて大切なことは、自分たち自身の歴史・文化を知ること。
日本は異文化間で比較したときに、
「なぜ人との関係を重視し、対立を避ける
 のか」
「なぜ階層的な組織でありながら合意を重視
 するのか」
「なぜ、時間に忠実で、礼節を重視するのか」

このような質問に答えること。
自分の軸・ルーツとなる日本歴史・文化を知っておくことが大切と思います。

日本文明の意義は、その固有、独自性にあるのではなく、インドおよび中国という二大アジア文明が生み出した諸要素を維持保存し、洗練させ、総合した、いわばアレンジャー、プロヂューサー的なところにあるのであり、それこそは、まさに、アジア文明の究極の理想である不二一元の理論を実現するものである。
こうした日本の文明観は、神仏習合、和魂洋才など、巧みに外来文化と土着文化を共存融合させて発展してきた。

「茶の本」岡倉天心

日本のすべての道は、その内面的な形式からいえば、ひとつの共通の根、すなわち仏教に遡るということは、しばらく前から秘密ではなくなっています。このことが、弓道に関しても当てはまることは、水墨画、茶道、能楽道、華道、剣道と同様です。これらの道には、ある精神的な立場を精神的な立場を前提としていることを意味しています。かの思弁的な仏教ではなく、日本において「禅」と言われる非思弁的な仏教を指しています。実践、沈思の実践であり、生きることにおいて挫けない力を得るようにするものです。

「弓と禅」オリゲン・ヘリゲル

哲学の、理屈の、詮索に向かう点からいうと、抽象的思索に長けているのは、東洋人よりも西洋人のほうが進んでいる。しかし、いわゆる「哲人」とか「聖者」とかいうのは東洋のほうに多い。
それはなぜかというに、理屈は明白である。「哲学者」の思索は生活そのものに即せぬ。東洋では「哲理」を生きてゆこうと努める。「哲理」を霊性の生活面から導き出さんとする。つまり、東洋では、生そのものを美化する。

「東洋的な見方」鈴木大拙

相手を尊重・理解し、共感をすること。
また、そのためにも自文化のこと、自分自身のこと、自分の思想を理解することも、異文化コミュニケーションにおいて大切だと思います。

とても難しいことでもありますが、
今後も引き続きの課題としたいと思います。


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