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近所で最もよく利用しているスーパーが来月閉店するという。レジで並んでいた時、私の前の高齢の女性客に「来月までなんですよ」と店員さんが話していた。おなじみさんだったのだろう。思いもよらないニュースにびっくりした。

自分の支払いの時「いつ決まったんですか?」と訊いてみた。60代くらいかなと見受けられる女性店員さん。この店を利用するようになって以来、ずっと働いている人だと思う。

「私たちも土曜に知らされたとこなんですよ。びっくりですよ。それでどうするかいきなり決めろって… 書類に自己都合って書かされて…」と憤ってらした。それはひどい。詳しくは知らないがおそらくはパート契約だろう。遠方の店舗で働くか辞めるかと迫られたのではないか。「ひどいですね。たたかった方がいいですよ」と伝えたが何ともいえないような曖昧な笑顔で応じられた。

そりゃね。私も、同じ非正規で働く身。こういうことが起こっても「たたかう」なんて簡単にはできないことはよくわかる。他のレジでも同様の会話がなされていた。建物の老朽化が理由になっているらしい。それならもっと早く決まっていたはずなのに、従業員に伝えたのが遅すぎて、そりゃないんじゃないの、と皆が会社に怒りを感じているらしいことは分かった。

私が訊いた店員はMさんという。以前から、名札で名前を記憶していた。おなじみさんなどというのではない。「袋要らないです」「カードあります」以外の会話をしたのは今回が初めてだ。実は、私はここで働く10人弱の女性店員の名前を全員分覚えているのだ。

とても気持ち悪いでしょ。ほんと、気持ち悪いことしてるんです。

このあたりに越してきたのは10年ちょっと前。それ以来、毎日のように来るようになり、何となく店員さんの顔は覚えた。それは普通。

で、ひとり、しゅっとした若いお姉さんがいて、ちょっと冷たい感じの目つきとかも少し好みで、つい名前を憶えてしまった。で、もうひとり、ちょっとヤンキーっぽい、モテるだろうな、と思われるようなかわいらしいお姉さんもいて、やはりつい名前を憶えてしまったのだった。ここまでも、まぁ、スケベなおっさんとしては普通か。

で、そうなると、意識してしまうから、それを悟られないようにしなければならないと思い、レジ選択(フルで4台稼働する)の際、不自然に彼女たちの方に並ぶことは絶対にやめよう。自然の流れで当たったらヨシとしよう、などと心に決め、この店にくるちょっとした楽しみになったのだった。もちろん、余計なことを話しかけ労働負担を増やすようなことも絶対にしなかった。このあたりでちょっと気持ち悪くなる。

しばらくして、でも、見かけが好みだから、あるいはちょっと若いから、というだけで沢山いる中から選んで名前を憶えているなんて、良くないんじゃないか、という考えが浮かんでしまった。こうなったら、全員、覚えておくべきなのではないか。そうすれば、何かのミスで「~~さん」と名前で呼びかけてしまい「え、なんでこのオッサン、名前覚えてんねん、気持ち悪…」と思われた時の言い訳として「いや特別な意図はないんです。目に入った名前は覚える癖があるんですよ。その証拠に、あの方は、ナントカさん、こちらは、ナントカさん…」を繰り出せるのでは、と思ったのだった。

その後、店に行く度に、目に入った名札を憶え、時々、自分に脳内クイズを出したりして、記憶を定着させる努力を続けた。数名いる男性店員の名前は覚えていない…。変態、と言いたい人は言ってください…。

3年前、一度引っ越してこの町を離れた。(前にここにも書いた。)その時、せっかく名前を覚えた皆さんともサヨナラか、と心でお別れした。しかし、1年後、またこの町に戻ってきてしまった。その時は、永遠のお別れだと思っていた「名前を知っている皆さん」との再会を、心の中で喜んだ。

「あ、お久しぶりですね」なんて誰かに言ってもらえないかな、とほんのちょっと期待したが、そんなことはもちろんなかった。見なくなった方もやはりいた。

ヤンキーっぽい方のお姉さんは、引っ越し前の時期「赤ちゃんがいます」の札をつけてレジを打ってらした。戻ってきて見かけなかったが、しばらくしたら復活していた。育児しながら働いているのね、偉いなと感心する。覚えていたのとは違う名前の名札をつけていた。新顔の人もいた。数人だったので、また覚えた。

こんな、私にとって特別な店が、来月、閉店してしまうのだ。

経営陣は、従業員への補償を十分にすべきである。

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