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そばにいてほしい 二回目

「それじゃあ、どのぐらいの期間が空いていたんだ?」とオキナ先輩は聞いた。穏やかに、しかしはっきりと。
「十日間だよ」とおれは顔を上げずに作業に没頭している先輩に答えた。分厚く、赤だの青だのが表面にこびりついた黒のクレヨンで、紙を塗りつぶしていた。
「近くなったな。痛みはどうだ? ちゃんと、痛んだかあ?」
「もう痛まないよ。目ん玉、床に落ちて、眠くなったんだ」
「ほうかほうか、いよいよだな……」先輩は黒を黄色に持ち替えて、更に紙を塗りつぶし始めた。
「まあ、なんとかなるさね。そのうち運が回ってくる。なんとかなる……」天上の彼方へ突き抜けていくような、明るい声だった。「現にわしにもユウにも今だ目がある……生きているーー『センター』に感謝の言葉はあるか?」
「あるわけねえや!」
「流石だ! ナイスガイ……」笑わずにはいられない、と言わんばかりに先輩は190センチ超の巨体を揺らして、床にクレヨンのケースを落としてしまった。「恩人には唾をかけよ。タマゴには情熱をくべよ……」
「ボムコール」とは発明だ。「センター」はそれを患者……もといお客様……もとい金づるに無料で配っている。これのおかげで迅速に目を取り戻す男共は数え切れない。何処から嗅ぎつけるのかわからないが、連中は目を奪われた野郎共宛に白く清潔感のある箱を送りつけてくる。箱を開ければ、3つの「ボムコール」組み立てセットと洗練されたピクトグラムと簡潔なフォントで書かれた説明書がビニールに包まれて入っている。説明書はこんなお世辞から始まる。
「貴方のような元気のない童貞様は実に素晴らしいーーそして、運が良い」
勿論、この時点で勘の良い、と言うよりも感じやすい、思弁的な「青少年」はこの先を読まずにゴミ箱へポイと箱を捨ててしまう。しかし脱落者は少ない。大体の「目を奪われる」ような男達は、無鉄砲な自尊心がカモメもゲロ吐く水死体のように膨張しているからだ。大人とは成るべくして成るものであり、成るべからざるものは決して成らない。
 さて、片意地を張る男も入ればいるだろうが、結局、まるでアカシックレコードが彼を運命づけていたかのように、白く柔らかいシリコン質の卵形に手を取ってしまう。中にはぽっかりと空洞がある。内壁はひだとなっている。強く握ると内側が張りつく。伸縮性に秀でているので、サイズに見合わない物でも出し入れすることだって可能である。(13.5センチの肉棒などいとも容易い……)その穴には「奪われた」男達を淫らに惑わせるような愛情が見出される。そして配られた三つの内、少なくとも一つは精液と潤滑剤であるローションに満たされてしまう。しかし、決して間違いではない。説明書によってむしろ推奨されている使用方法なのだ(卵形にローションも付属している)。幸運にも体液の捌け口にされなかった卵形はピクトグラムによる分かりやすい説明に合わせて容易く組み立てられーー違うのは穴に性器ではなく、立方体の装置を突っ込むことだけーーそして「ボムコール」は完成する。
 使い方はこうだーー目に異常を感じた場合、迅速に『ボムコール』を「ピー」という音がなるまで握りしめる。『センター』が要救助者の位置をGPSにて補足。直ちに『センター』お手製のステッカーを貼り付けたワンボックスカーが現場に駆けつけ、係員数名がお手製のゴーグルをぶら下げ、辺りを探す。それほど苦労はなく、彼らはお客を見つけ出す。連中の持つゴーグルにしか見えない霧のようなものが、身動きの取れない童貞の真上に漂っているからだ。童貞は四肢をふんづかまれて車の中に放り込まれる。そしてセンターに到着するまで係員に褒めちぎられる。
「騙されるな」とオキナ先輩は言う。「全てはマニュアルによって決まっている……奴らの目はそう言っている……俺達の、ありとあらゆることが奴らの手の上に……」
「いつか、明日でも、来週でも、来年でもいい。俺の手の上に俺を……」こんなことを二日に一回は言う。頬の赤いセンター女性職員の制服から浮き出た尻を見ながら。
「勿論」、俺もそうだ。

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