亜門

AIではありません。不定期です。

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「リュッケンハルトの魔導書工房」Avant 1

まるで、大きな生物の体の中にいるみたいだなと、私は思った。 一介の旅商人でしかない私は、その奇妙な光景を前に立ち尽くしていた。 碧色の海を進むこと数日。私は、慣れない船旅で船酔いでもしたのだろうかと、自分の目を疑わずにはいられなかった。 深い青色に澄み渡る空に剣を突き立てるかのように、いくつのもの白い摩天楼が高くそびえ立っている。それはまるで、何かの監視塔のように私たちを見下ろしているようだった。 「あの塔は、一体…」 私のつぶやきを耳にしたのか、波の音の合間を縫うよう

    • リュッケンハルトの魔導書工房#7

      リュッケンハルト橋国の中心に鎮座する国家機関、カセドラル。そのカセドラルのさらに中心に佇む大図書館の中で今、階段を降りる2つの足音が交互に響いていた。 2人の間の距離は2メートルほどで、その差は階段を降りている間縮まることも離れることもない。 背筋にたったひとすじだけ、寒気が走った。 それがここの気温によるものなのか、これから自分を待ち受ける何かによるものなのか、僕はまだわからなかった。 少し前。 「もし、人の身で雨を降らせた先駆者がいる…と言ったら?」 カイヤナの唇が動

      • リュッケンハルトの魔導書工房#6

        その日、天気は煙るような雨だった。そこに立ち尽くすひとりの男は大きな荷物と、ある一冊の本を手にしている。 「父さん、もう行くの?濡れちゃうから雨が上がってからにしようよ。」 まだ自分の腰の高さにも満たない体で駆け寄る。 「こんな雨の日ほど、旅立つのにうってつけの天気は他に無いんだぞ。お母さんの言うことを聞いて、ちゃんと待ってていられるね?」 「……うん、そうしたら、また本を買ってきてくれるんでしょ?」 「ああ、約束だ。帰るまで時間がかかってしまったら、その分もっとたくさ

        • リュッケンハルトの魔導書工房#5

          ロビーに佇む人影は、ひとりの魔術師とひとりのグラナイだけになった。彼の言うもう一人の魔術師、言い方を変えれば本物の魔女は、その場に魔導書の素材と一本のガラス瓶を残して立ち去った。 彼女が去ってから、工房にはしばしの間静けさが留まっている。それは嵐の前の静けさというより、嵐が去って何も残らなかったかのような静けさだった。 「リル、大丈夫か?」 私は静かに頷く。少なからず動揺はしているものの、それ以上の問題は私には起きていなかった。その動揺の元にあるのはエルミナとのやり取りで

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        「リュッケンハルトの魔導書工房」Avant 1

          リュッケンハルトの魔道書工房 専門用語まとめ(※Avant1~6話)

          リュッケンハルトの魔道書工房を読んで頂き、本当にありがとうございます。 本作は魔術とかいうのを不器用ながらメインに据えた作品です。 本記事は、そんな世界観を書いていくにつれて増えてしまった専門用語を、自分でも今一度整理するためにまとめたものです。ネタバレにならない程度に、作中よりも幾らか詳しく書いておきます。 用語リュッケンハルト橋国 海洋の中心に浮かぶ島国で、本作の舞台。季節はあるが年中を通して気候は比較的温暖。国土が全て互い違いに組まれた石橋で出来ていて、自然物は少な

          リュッケンハルトの魔道書工房 専門用語まとめ(※Avant1~6話)

          リュッケンハルトの魔導書工房#4

          天敵を前にした小動物は、まさにこんな気分なんだろうなと今更になって思う。ただカウンターに肘をついているだけなのに、その小さな口に一口にして呑み込まれてしまいそうな、そんな生物的恐怖を感じた。 この場合、グラナイの天敵になるのは同じグラナイか、それとも目の前の彼女のような人間なんだろうか。そんなことを私が感じているとは微塵も思っていないように、工房へ訪れたその彼女は軽快に挨拶を交わした。 「ハロー、アタシはエルミナ。ここはアインブレーベンであってるよね?」 目の前にいるその

          リュッケンハルトの魔導書工房#4

          リュッケンハルトの魔導書工房#3

          「ああ、グラナイでも血は赤いんだな…」 と、その時はなんとも不謹慎な感想を抱いてしまった。 ザクロの実よりも黒くて、赤いワインよりもドロっとした液体が辺りを染める。 それは教会で歌うような聖歌を一曲聴き届けるくらいの長い時間に思えた。その間、目の前で宙を舞う少女を、オレは夢でも見ているみたいにじっと眺めていた。身体が硬直して、眺めることしか出来なかった。 まるで金縛りだ。 その状況を理解しているようで、身体はまだ幻覚であること信じている。 次にオレが動けたのは、そのカシヤギ

          リュッケンハルトの魔導書工房#3

          リュッケンハルトの魔導書工房#2

          リュッケンハルト橋国はいわば人工的に作られた島だ。 とは言っても、本当に全てが人工物、ということはない。 私たちの街を取り囲む巨骨が純真な自然物なのは言うまでもないが、その巨骨はあくまで、そこで育まれる自然のゆりかごに過ぎなかった。 その骨の麓には陸地があった。湾曲する骨の根本には、海水を逃れた植物や動物が自生し、その僅かな陸地に森林地帯や平原といった自然が息づいている。 そこでは多種多様な動植物が特有の生態系を形成していて、私たちの目当てであるカシヤギの主な生息域でもあっ

          リュッケンハルトの魔導書工房#2

          リュッケンハルトの魔導書工房#1

          大通りの喧騒に負けじと、足元の橋を打ち付ける波が香り、オレンジ色の屋根に弾かれた太陽の光が街全体を眩しく照らしている。 ’’竜に抱かれた街’’リュッケンハルト橋国。 ここは名前の通り、海の上に無数に建てられた石橋の上に存在する国である。その上には、多くの人とモノが織りなす喧騒が荒波のように行き交い、同時にさざなみのような穏やかな営みもまた続いている。それは同時に、この国に存在する他の国とは決定的に異なる”いぶつ”が、人々の生活に深く溶け込んでしまっていることも表していた。

          リュッケンハルトの魔導書工房#1

          「リュッケンハルトの魔導書工房」Avant 5

          頭に生えるそれを隠すようにフードを深く被り、呼吸を整えることもなく街を抜けていく。いつもは人で賑わう大通りも、この日ばかりは騒がしさの主導権をこの大降りの雨に譲り渡していた。石畳に穴を開けようと落下する水の滴は、次第に私の視界をも奪っていくほどに強くなってく。足はもつれ、何度もつまずきそうになりながらも、もがくように、振り払うように走った。 その、少し前のこと。 「ペルクナス」 人々は口を揃えてそう呟く。空から無尽蔵に落ちてくる水に、昔の人は感謝と畏怖の意味を込めてその

          「リュッケンハルトの魔導書工房」Avant 5

          「リュッケンハルトの魔導書工房」Avant 4

          「そん…な…」 目の前に残されたのはただ、怪しげに明滅する一冊の本と、焼きつけるように刻まれたひと繋ぎの文字。それ以外に見えていたはずの景色は細い線となって、私の遙か後方に吹き飛んでしまった。 今日までの私はきっと、このゆるやかな日々に溺れていたのだ。そしてその軽さは、思えば至極当然のものに思えた。だって、背負うべきはずの重さを、記憶を、私は全て落としてしまっているのだから。 魔導書によって姿を現した過去の私は、なんの重みも持たないふわふわと浮ついた私の足を掴むように、忽

          「リュッケンハルトの魔導書工房」Avant 4

          「リュッケンハルトの魔導書工房」Avant 3

          朝には気持ちのいい潮風と空いっぱいの光、昼には鐘の音が歌を運び、夜になると温かい風が流れる時間を遅らせているようだった。 有り体に言えば、至って平穏だということだ。 私は今、木箱と薬草とたくさんの本、そしてそれ以外の得体の知れないモノで散らばった部屋を片付けている。 開けた窓の外に身を出すと、今日はいつもより長めに鐘が鳴った。 私がカセドラルに運び込まれたあの日から、およそ1ヶ月が経った。 あのあと私は、アプフェル先生にボロボロだった身体の経過を診てもらいながら傷が治るの

          「リュッケンハルトの魔導書工房」Avant 3

          「リュッケンハルトの魔導書工房」Avant 2

          暗い。 目を開けているのか、閉じているのかさえわからないような暗闇。 私が覚えているのは、全身を激しく舐め回すような濁流と、腕に抱えた箱のような何か、そしてその暗闇だけだった。 だから、私が私の記憶として語ることができるのは、二度めに目を覚ましたところからの出来事だけ。 それ以前のことは、まるで底なしの大穴を見下ろしているようで、そもそもそこには何も無かったように、思い出すという行為自体がバカバカしくなるように思えた。 そこにあったはずの記憶は結局、最後まで思い出すことは叶

          「リュッケンハルトの魔導書工房」Avant 2