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写真においての色の個人的考察

こんにちは、Yohei(@Yohei_photo)です。
これが初めての投稿になるので、簡単に自己紹介をさせて頂きます。

23歳からナイトレジャーの広告カメラマンにてキャリアスタートをして、現在は札幌市内のスタジオにて、ブライダルの前撮り(スタジオ・ロケーション両方)撮影に従事しております。
休日に北海道の絶景を探求しています。

さて、早速ですが本題に入りたいと思います。
まず、前提として今回の話題はあくまでも個人的主観の要素が非常に強く、10人写真家がいれば10人がそれぞれ違う回答やポリシーを持っている、ということを念頭に置いていただければ幸いです。

現在、写真といえば主流はフルカラー写真であり、モノクロ写真はある種の芸術的分野や特定のジャンル、明確な目的の上で成り立つ写真のジャンルであると言えます。
この写真を語る上で切り離すことのできない「色」について今回は自分の現時点での考えをまとめようと思います。

先に言ってしまうと、色に正解なんてものは存在しません。
これは写真に限らず芸術的分野全てに通ずるものだと思います。
良く耳にする正解・不正解は無いということで、まさにその通りです。
ただ、あくまでも世間一般の評価としての「正解・不正解」は無いということであって、自分の中ではゴールとして「正解・不正解」は持っていなければなりません。
そして「正解・不正解」とは別に、確実に「良し悪し」が存在します。

この「良し悪し」という曖昧な言葉が、写真の色表現において重要な役割を担っていて、「正解・不正解」を念頭において現像するよりも多くの試行錯誤を生み出し、より良い結果へ導いてくれると考えています。

写真中級者にこの思考を持っている人が比較的多く、正解か不正解をハッキリさせたがる人が多いように見受けられます。(初心者は「正解・不正解」も「良し悪し」もわからない事がほとんどかと思います。)
この「正解・不正解ハッキリ」という思考が意外と厄介で、表現の幅を大きく狭めてしまうのです。

なんせ「正解」に向けてのみ試行錯誤するので、数多の試行錯誤の結果生み出された可能性の原石は「不正解」として捨ててしまうのです。
これが「良し悪し」を基準に試行錯誤をしていれば、一応結果までは複数回辿り着くので、その時は「悪し」として採用されなくても、数ある中の一つの表現の引き出しとしてストックされていくのです。
言うまでもなく、その引き出しがそのまま表現の幅に直結します。

ただ、それだといつまでたっても試行錯誤が終わらないので、落とし所としては、「良し悪し」を基準とした試行錯誤の結果、自分の中の正解に落とし込める。といった流れが必要になります。
自分の中の正解は、憧れの写真家の写真でも、SNSでふと見かけた写真でも構いません。それらに自分が近づけたと思えばそれはそれで「正解」なのです。

精神論的な、フワフワしたものばかりだと締まらないので、技術的なことも少し記述していこうと思います。
といっても無料の範囲なので、私の中の極意は記述できませんが、基本理念的なものを記述します。
ざっくり結果から言ってしまうと【色相環図】がすぐ思い浮かべられるようになる。です。

この色相環図は補色やら類似色の相関関係を環で表したもので、ウェブで検索すればすぐにでも見る事ができます。
これが思いの外重要で、この理屈が分かっているのとそうでないとでは、写真の色味の落ち着き具合が違ってきます。

あともう一つ、これは基本理念というよりはルールですが、一枚の写真に大まかに色は2色まで。という事です。
これは、どんなに相性の良い色でも3色以上あると単純に見た目に煩わしくなる事がほとんどだからです。
そもそも、風景写真で1枚の中に3色以上入ることはあまりありません。紅葉の時期や花のある風景くらいで、それ以外の場合は明確な意図を持って、全体のバランスに配慮する必要があります。

そのため私の写真の多くは、類似色の2色か補色の2色で構成されている事がほとんどで、3色で構成されている場合は全体の割合からすると少ないです。

以上が、今回の内容となります。
ざっくりした内容となっていますが、誰かのちょっとしたきっかけになればと思います。
長文、駄文失礼しました。

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