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狛犬ラプソティ

うんがうらやましかった。うらやましくてたまらなかった。

はっ! なにテメエだけ口開けて、アホづら晒しやがって。オメエの口に雨粒しとしとピッチャンとかもうアホの極み大賞。いっつも馬鹿みたいにあ〜う〜あ〜う〜唸りよって。詩吟か、いやあれが詩吟たあヘソで茶ぁ沸かす。腹壊したタヌキがうめいているより酷い。

 すべて心の声だ。吽の口は閉じられている。思うことはできるが、声に出せない。その鬱屈は社を守るように立っている樹齢八〇〇年のケヤキより高い。狛犬は二頭で一対。口を開けている阿形あぎょうと口を閉じている吽形うんぎょうの組み合わせでできている。それが決まりだと言われている。そんなこたあ、わかっている、わかっていてもなお悔しい。とりわけ吽の心を逆立てるのは、阿が転がしている丸いものだった。あれはなんだろう? あれで遊んでみたいなあ。できないと思うほど思いは募る。

 阿は困っていた。口には出さなくても神獣同士、神威インスピレーションで繋がっている。吽のココロの声などダダ漏れだ。なのにアイツは積もり積もった恨みに目をくらまされ、己の由来も神通力も忘れ果てている。オレだってたまには口を閉めたいよ。開けているとにんげんに賽銭とか入れられる。アレは不味い。怨念とか混じっている。かと思えば、この間は小さきにんげんに松葉をつめられた。いや、食べさせてくれたのはわかる。でも口の中チクチクするから、やめてけ〜れ! ゲバゲバ 🎵

 吽の考えも度はずれというわけではなかった。阿は歌うのが好きだった。神社に来るにんげんは祝詞とか真言とか唱えるが、アレはいかん。腹が下る。遊びに来る小さきにんげんが歌っている歌を覚える。時代は巡る。歌も巡る。歌詞は覚えきれないので適当に歌う。

こんな子とイイな、できたらイイな。とってもだいすき、狛犬ちゃん、吽 🎵

 阿は自分の気持ちを伝えたいと思った。が、思えども思えども返ってくるのは呪詛ばかり。こうなれば実弾プレゼントあるのみ。なんとかしてこの鞠を受け取ってもらうんだ。そしたらわかるだろ。この胸の切ない思いが。ぅオンチュー、オレの鞠をぉ 受け取ってくれ〜 🎵
理性なんてないさぁ〜 お前が欲しい 🎵

 阿は自分の石体を超克しようと思った。彫刻だから超克だ。石だと思うから硬いのだ。前足を動かそうとする。……動かない。さらに念を込める。…………う・ご・か・な〜い!!!
 いちにちふつかとやり続け、挙げ句の果てに阿は吠えた。絶望の叫びだ。神獣、神獣いうても、こんなことひとつできないのか。
 それを見て、吽がまた誤解する。何ひとりで気持ちよくなってんだよ〜! 
 めぐる因果は地獄の様。祭神である天之御中主神あめのみなかぬしのかみもほとほと呆れ果て重いスカートをもちあげた。

いぇ〜い、あ〜ちゃん、う〜ちゃん、煮詰まってるねぇ♡

 きらびやかな雷鳴をバックに姿を現す。今夜は雷雨、境内にはひとっこひとり見あたらない。フリフリのレースを幾重にも連ねた純白のエプロンドレス。長い御髪を二つに結び紙垂しでをひらめかせ、アメのミーナよ! とのたもう様はさながらアイドル。阿吽はその御姿みすがたにひれ伏さんばかり。

ミーナはふふふ、と微笑みながら、まず吽に、それから阿に口寄せキスを賜る。
ズッキュ〜ん!
おおお、これはなんとしたことか、動くぞ動く、この石体が。阿が石面を揺すり、吽に微笑みかけようとした時、電光石火の速さで足元の鞠が掬い取られた。インターセプトだ!
 見ると吽が悪鬼の如き形相で鞠を咥え取っている。コイツゥ! 可愛さあまって憎さ百倍。阿が追う。鞠を転がしながら吽が逃げる。さして広くもない境内を縦横無尽に走りまわる吽を阿が追う、追う、追う。だがさすがに神獣同士、その能力は神一重。追ってもあかんと悟った阿は鳥居を使った三角飛びで吽の正面に飛び込み、逆インターセプトをかける。雨は虹色に光り、雷鳴が轟く。次元が開き、二頭の若き獅子が黄金の真理まりを転げまろびつ投げ合い、奪い合い、せめぎ合い、乗り合い……ヘディングが激突し、ついに吽が鞠を奪う。いや阿がかすかに譲ったのか、吽はそのまま空中で一回転しスコーピオンシュートを放つ。ボールは見事に鳥居のど真ん中を貫き……どこへともなく消えた。吽は天を破るほど吠え、阿を振り向いた。阿の両目から涙が噴水のように溢れ、吽の心に神威あいがなだれ込んだ。吽はしばし立ち尽くし、阿に歩み寄った。吽の口に阿が口を寄せた。宇宙的チュウが発動した。

ふふふ、ミ〜ナにおまかせ!

 雨あがりの翌朝、宮司が境内を清めにきた。吽は変わらず口を閉じ、阿は開けている。ただ阿の足元には鞠の代わりに小さな狛犬がまろびついていた。

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