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【読書メモ】 サイコメタボリズム(ニューサイエンス社)

特集:代謝疾患と精神疾患の交点(サイコメタボリズム)
メディカル・サイエンス・ダイジェスト Vol.45 No.12 2019年

1、メモを公開する経緯

 私事ですが、小学校時代、小児喘息で医者通いをしましたが、なかなか治らないので、母が、食養生で何とかしたいと考え、白米を玄米に変えるとか、菓子を制限するとか、様々に工夫をしてくれました。中学生になって、喘息は治癒したのですが、今に至るまで、食養生に関心があります。
 大学入学と共に、実家を離れ、自炊するようになり、当時の炊飯器では玄米を美味しく炊けなかったこともあり、白米に変わり、結婚してからも、そのままでした。
 ところが、数年前、毎年の人間ドックの腹部エコーで脂肪肝の判定が下ってしまいました。。。 
 脂肪肝の原因として、糖質・脂質の過剰摂取や運動不足が考えられます。食事を変えないといけないのですが、飲酒しないので、食事はシッカリとりたいし、少しは甘いモノも食べたい欲求があります・・・。
 そういう時、玄米に含まれているγオリザノールが脂肪への欲求を減らすことを知りました。本書でも執筆している、益崎裕章先生(琉球大医学部 内分泌代謝・血液・膠原病 内科学講座 教授)が行った研究です。
 家族を説得し、我が家の食事を、玄米に切り替えて、同時に、1回に御茶碗2杯を1杯に減らしました。それを1年続けたところ、翌年の人間ドックで、体重が2㎏減少し、脂肪肝が消失したのです! 
 1杯でも、物足りないと感じないのは、玄米は噛み応えがあるからだと考えていましたが、γオリザノールの効果もあったということです。
 
 食べ物と心の関係は、経験的は知られていることが多いのですが、生体メカニズムとしては不明なことが多いです。
 益崎先生をはじめ、この分野の研究者が、サイコメタボリズムという概念で、メカニズムを解明しようとされていることを知り、本書を読みました。

2、どんなことが書かれていましたか?

 以下、目次を示します。
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・総論 サイコメタボリズム~生命のレジリエンスを築く「こころ」を生み出す代謝基盤:伊藤 裕
・摂食行動を支配する腸管ホルモン・迷走神経連関:矢田俊彦・Lei Wang・岩﨑 有作
・腸内細菌とストレス関連疾患・摂食障害:福士 審
・うつと摂食、腸内細菌:黒川 駿哉・岸本 奏士郎
・脳内炎症と過食・動物性脂肪依存:益崎 裕章・岡本 士毅・山崎 聡
・精神・自律神経症状と血糖調節の関係:溝口 徹
・腸内フローラの改善を助けるプレバイオティクス素材の開発:倉重(岩﨑) 恵子
・糞便中酵素フリーラジカルによる腸内環境評価:脇田 義久
・カルシノンによるエクソソームを介した脳腸相関活性化の分子基盤:佐藤 三佳子
・腸内細菌脂肪酸代謝物HYAの肥満及び耐糖能以上に対する効果:米島 靖記・清水 秀憲
・マウス大腸炎モデルにおけるFaecalibacterium prausnitzii投与による腸炎発症抑制効果:川出 雄二郎・嶋田 貴志
・高性能培養装置による潰瘍性大腸炎腸内細菌叢の是正戦略構築:佐々木 建吾・星 奈美子
・腸内環境物質による小腸内分泌細胞の分泌機能制御:原田 一貴・坪井 貴司
・ヒト腸内細菌とアルツハイマー病疾患:藤井 祐介・森田 英利
・ネパール高地における適応と肥満、糖尿病:中 野政之・有馬 弘晃・山本 太郎
・フラボノイド吸収促進機構の解明:松川 典子
・腸内環境改善を目指した栄養教育の肥満及び心理的健康の改善効果:上村 真由
・シヌクレイノパチーにおける腸脳軸の障害:小澤 鉄太郎
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3、特に気に入ったくだりは?

 私にとっては、依存症のメカニズム解明につながる益崎先生の記事が一番興味深かったので、その中からキーセンテンスをピックアップします。
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・(マウスを用いた研究で)動物性脂肪の過剰摂取は、食欲抑制ホルモン、レプチンの中枢神経作用と減弱させ(レプチン抵抗性)、減量困難性を招く。食欲中枢、視床下部では弓状核が管制塔となって、ホルモン・自律神経系が担う食欲の恒常性維持を統御している(メタボリック・ハンガー調節系)。
動物性脂肪の過剰摂取は、視床下部の炎症や細胞ストレス(小胞体ストレスや酸化ストレス)を惹起し、メタボリック・ハンガー調節系の機能を麻痺させ、あたかも、脳が動物性脂肪によってハッキングを受けたように、個体にとって必要な摂取カロリーを脳が正しく判断できない状態に陥る。

動物性脂肪の過剰摂取に伴う脳の炎症は、肥満マウスを定期的に運動させることで劇的に改善する。
 
・動物性脂肪に対する依存と麻薬・ニコチン・アルコールなどの依存症における脳内メカニズムの類似性が注目されている。
 種々の依存症において、刺激物質の摂取量が増加していく仕組みは、脳内の快楽報酬系の刺激認識閾値が次第に上昇していき、それまでの摂取量では脳が満足や喜び(報酬)を得られなくなるという共通点がある。
 動物性脂肪とショ糖を混合した高カロリー餌を与えて肥満させたラットでは、コカインやヘロインなどの麻薬依存ラットと同様、動物性脂肪に対して報酬系が反応できるレベルが上昇していき、餌の摂取に伴う脳内報酬が得られにくくなる。食べても、食べても脳が満足出来ないという悪循環の流れである。

γオリザノールは小胞体ストレスを抑制する分子シャペロンとして機能し、動物脂肪の過剰摂取によって視床下部で亢進する小胞体ストレスを低下させ、動物性脂肪に対する依存性を軽減する。
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 いずれも興味深いですね。。。 
 運動で脳の炎症が軽快するって、運動の効果が、こういう機序で表現されるの目から鱗が落ちる気分です。
 
 益崎先生は、こういった知見を人間で検証する研究を行っています。
Safety and efficacy of nanoparticulated brown rice germ extract on reduction of body fat mass and improvement of fuel metabolism in both pre-obese and mild obese subjects without excess of visceral fat accumulation.
・研究要旨
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γ-オリザノールを玄米(米ぬか)に豊富かつ特異的に含む玄米胚芽抽出物をナノ粒子に封入して「ナノ粒子玄米胚芽抽出物」を被験者に12週間、摂取してもらい、その効果と安全性について調査した研究。
 腹部内臓脂肪は有意差がなかった。LDL-C とHbA1cは減少し、アディポネクチンは増加するなど、肥満や代謝異常に対する有益な効果が期待できる結果であった。
一方、血圧、脈拍数、一般血液検査、肝機能、腎機能、尿検査に問題のある変化は見られず、試験食品との因果関係を示唆する有害事象は見られず、安全性が確認された。
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4、どんな影響を受けましたか?

 本書を読んで、健康な「こころ」を作り出すためには、脳と腸と腸内細菌が協働することが重要で、そのための栄養と代謝のメカニズムが「サイコメタボリズム psycho metabolism」だと理解しました。
 我慢だけでは健康になることは難しいので、生体にあるメカニズムを上手に利用できると、大助かりです。

5、どういった点が優れていますか?

 いずれの記事も、第一線の研究者が執筆していて、腸、微生物に関する素養があってこそ、理解できる内容です。正直、消化不良・・・。わからない用語は、コツコツ調べて、俯瞰できるようになりたいと思います。

6、どういう人が読むと良いですか?

 ジャンクフードへのアディクションの機序について知りたい人。
 糖尿病、肥満、アルコール依存症の治療について、新たな切り口を探している人。

7、その他

 それまで甘い物に見向きもしなかった人が、断酒すると、ケーキ、チョコレート、ポテトチップス、煎餅など糖質と脂質がたっぷり入っている菓子類を「ドカ食いする」のは珍しくありません。糖尿病のため間食禁止を指示すると、「隠れ酒」ならぬ、「隠れ食い」をする人も後を絶ちません・・・。
 
 益崎先生の研究結果と、この現象を合わせて、以下の仮説を考えました。
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 酒好きの人は、酒の肴として、糖質や脂質を大量に摂取して、脳は報酬を得てきたが、動物性脂肪に対しても耐性ができている。
 断酒により、アルコールから得られる報酬が急減し、「慌てて?」、それを補う報酬を得るために、「そうだ、動物性脂肪があった!」ということを思い出して、せっせと食べる。
 脂肪にも耐性ができているので、歯止めが効きにくい。

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 とても興味深いです。
 アルコール依存症の方の断酒開始後に、服用してもらっても効果があるのではと期待します。