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村田陽一with Ivan Lins 『Janeiro』 2019年インタビュー (interviewer: 内田正樹)

 ── 2010年の『Janeiro』誕生の経緯については、初版に同梱されていたライナーノーツがwebでもアップされているので、リスナーの皆さんにはそちらを参照いただこうと思います。そもそも村田さんはどんな形でイヴァン・リンスの音楽と出会ったのでしょうか?

「まずイヴァンの存在が世間に知られたひとつのきっかけとしては、クインシー・ジョーンズの手掛けた楽曲が有名で。クインシーはイヴァンのライティングを高く評価していて、いろんな歌手にイヴァンの曲を歌わせていた。僕もその辺りの作品から聴いたんですが、初めはそこまでピンときていなかった」

 ── それはいつ頃のことでしたか?

「自分が20代前半の頃でしたね。その後、アントニオ・カルロス・ジョビンやジョアン・ジルベルトといったブラジル音楽の定番を聴いていくうちに、イヴァンのアルバムと出会って。彼の曲はジャズ・ミュージシャンにとても好まれるんですよ。何故かというと“難しい”から。例えばメロディに合わせたハーモニーでのアドリブというのは、実はすごく難しい。でも、だからこそ魅力的でもある。今では彼の歌も大好きですが、ある時、ソングライティングという観点から彼の音楽を聴いてみたら、ぶったまげるほどグッときたんです。それで追いかけ始めたのが20代後半から30代前半の頃だったと思います」

 ── 今回の『Janeiro』ですが、リマスタリングの方向性をさっくりと説明していただくと?

「音がより太く、生々しくなった。前回は割とブライトな方向でしたが、今回は新録の2曲とのオーディオ的なバランスも考慮したので」

 ── たしかに、新録曲は歌の位相がとても近くに感じられますね。

「そうなんです。新録は可能な限りリバーブやエコーの成分を減らして、歌の存在感を出すミックスにしたかったので、そこと全体のバランスも考慮しました」

 ── 新録ではドラムの山木秀夫さん(2曲とも)、ベースのウィル・リー(2曲とも)、さらに「DEPOIS DOS TEMPORAIS」のスキャットで椎名林檎さん、ストリングスで金原千恵子さん率いるカルテットが参加されています。新録2曲を入れようというプランは、どのような経緯から発想されたのでしょうか?

「そもそもイヴァンという人はとてもフットワークが軽くて、それはもう方々で摘ままれる程度に参加するようなゲスト出演がたくさんあった。でも僕はそうじゃなくて、名実ともに対等なコラボレーションがしたかった。2009年、制作にあたって彼と打ち合わせをした時、『東京でやってもいいよ?』という提案ももらったのですが、やっぱり僕が彼の懐に飛び込むほうが、間違いなくイヴァンの良さを引き出せるし、自分の経験としてもプラスになると思ったんです。そうして完成したのが、この『Janeiro』でした」

 ── なるほど。

「ですので、今回は反対に僕の土俵で何か作ってみようと決めたところから始めました。彼には歌ってもらうだけで。そうすることによって、9年前のトラックと新録のトラックの差別化も出来ると思って。それで、彼に『新しいトラックを作るよ。歌ってね』とメールを送ったんです。ところが、流石はブラジル人、もう、しょっちゅう音信不通になるんですよ……」

 ── それはスリリングですねえ(苦笑)。

「かなりギリギリになっても音源データがこなくて。まあ以前からそうなんですが。僕が知る限りの彼の知り合いに連絡して、『そこにイヴァンいる? 伝えて!』とかやって(笑)」

 ── 借金取りの追い込みみたいですね。

「そう(苦笑)。すると彼から『リラックスしなさい。ミルクティーでも飲んで。おやすみ』みたいなメールがきて。『クッソー! ナニ言ってんだよ!?』みたいな」

 ── やるなー、イヴァン・リンス!(笑)。

「でも椎名さんの曲(『赤道を越えたら』。 2014年『日出処』収録)のスキャットを頼んだ時は、椎名さんの目の前で『メールしてみるね』と送ったら、どういうわけか1分もかからずに返事が来たんですよ(笑)。椎名さんのヒキもすごいし、やっぱりタイミングって大事なんでしょうね」

 ── まったくですね。彼とのコミュニケーションはポルトガル語ですか?

「ポルトガル語は無理なので、英語で何とか(笑)。ブラジル人はだいたい英語を喋ってくれるので助かります。今回のミックスも当時のエンジニアだったブラジル人にやってもらったんですが、70ぐらいのおじいちゃんなので、3つお願いしてもひとつしか聞いてくれなかったりして(笑)。時差もあるので日本の朝方の4時ぐらいにメールが来るんですが、そこで返信を逃すとまた暫く返ってこないから、必死に起きて返信するという(笑)もう慣れましたけどね」

 ── 山木さんとウィルに演奏をオファーした理由は?

「ウィルとは1999年にリリースした私のソロアルバム『Hook Up』に参加してもらってからの付き合いです。久々に今年(2019年)の4月に彼がホストを務めた“EAST MEETS WEST 2019”という日米コラボレーションコンサートで一緒になりました。ウィルはイヴァンのことが滅茶苦茶好きで。そのウィルにはカルロス・ベガというドラマーの親友がいた。カルロスはジェフ・ポーカロの後釜としてTOTOでも叩いていたほどの腕前で、リー・リトナーがイヴァンを迎えて作ったアルバム(『Harlequin』。Dave Grusin & Lee Ritenour名義。1985年)でもドラムを叩いていた。しかし、彼は98年に自殺してしまった。その時、部屋で流れていたのがイヴァンの曲だったそうなんです。ウィルは自分の親友の最期の場でやはり大好きだったイヴァンの曲が流れていたことに、すごくショックを受けたそうです」

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 ── そうだったんですね。

「その話をウィルから聞かされていたこともあって、『やってみないか?』と誘って、オッケーをもらいました。そこで瞬間的に思い付いたのが山木さんでした。もしウィルに弾いてもらおうというアイデアが浮かばなかったら、少なくとも『DINORAH DINORAH』はトロンボーンとボーカルのみで録っていたでしょうね。ウィルと山木さんは多分これが初めての組み合わせだけど、絶対に上手くいくという確信があった。山木さんは曲の読解力がものすごかった。とてもいいレコーディングになりましたね」

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 ── 「DINORAH DINORAH」と「DEPOIS DOS TEMPORAIS」の2曲を選んだ理由は?

「『DINORAH DINORAH』はすぐに思いつきました。トロンボーンで作り易くて、シンプルだけど、きちんとフックになるという力強さを持っている曲なので」

 ── その言葉通り、原曲の特徴的なリズムとキャッチーな主旋律を村田さんがトロンボーンで担っていますね。

「はい。それと、これはイヴァンがいわゆる“他流試合”の時によくやる曲でもあって。イヴァンの他流試合を見ると、共演相手の個性が色濃く演奏に反映されていて。じゃあ、『僕とだったらどんな色が出るんだろう?』という率直な興味も湧いて。実はウィル・リーに頼むというアイデアがなかったら、トロンボーンのみでほぼアカペラになっていた曲でした」

 ── オリジナルの「DINORAH DINORAH」が収録されている『Somos Todos Iguais Nesta Noite』が1977年の作品で、「DEPOIS DOS TEMPORAIS」が収録されている同名のアルバム『Depois Dos Temporais』が1983年の作品です。聴き比べて面白かったのは、この2枚だけでもイヴァンの音楽性が全く違うという点でした。

「そうなんですよ。初期の頃は割と反体制というか、結構アヴァンギャルドでね」

 ── 『Somos Todos Iguais Nesta Noite』はジャケットもグラフィカルで、サウンドも幾何学的というか。一方の『Depois Dos Temporais』は80年代感があるんですよね。当時のフュージョン感というかAOR感があって。時代毎に幾つかのカラーがあって。

「たしかにAOR感がありますね。実際、LAで録っていたことも大きいでしょうし。これはかつてのブラジル人のアーティストにありがちなストーリーだったんですが、LAに行ってはみたものの、あまり馴染めず、結局はブラジルに戻るという。イヴァンにも一時期そういう“他所様”で作った時期があったんですね。でも彼の価値はアメリカ人よりもヨーロッパの人のほうがちゃんと見出していて。元来、彼の曲はオーケストラと相性がいいんですけど、オランダのメトロポール・オーケストラが彼をゲストに招いて、とてもいいライヴ盤(『Ivan Lins & The Metropole Orchestra 』。2009年)を作っていますよね」

 ── なるほど。では、「DEPOIS DOS TEMPORAIS」を選曲した理由は?

「原曲で聴ける終盤のコーラス部分がとにかく無茶苦茶いいメロディだったので。ブラジルの人って、後奏でめちゃくちゃいいメロディを書く人が結構多くて」

 ── アウトロなのに「これってサビ?」と思えるようなキャッチーさですね。

「そう。平歌で一度も出てこないメロディが、最後の最後で異常に人を惹きつけるというね。たった4小節のリフレインが何故ここまで美しいのだろうと。そこが選曲の決め手でした」

 ── 今回のバージョンでは、よりシルキーなボサノバ寄りのアレンジとなっていますね。

「そうですね。シルキーなトロンボーンのサウンドが登場する機会って、例えばJ-POPだとなかなかないんですよ。でもそこって楽器としても僕自身としても魅力的な“売り”の要素だと思うのでやりたかった。実は、当初だいぶ構成をいじっていて、イントロからもっとリズミカルだったんです。でもそれじゃ美味しくないなと思い直して」

 ── この曲のストリングスについては?

「最後まで迷ったけど、やはり後奏はストリングスの高い音やチェロにいてほしいと思って。トロンボーンとチェロは特に相性がいいので、その二つでメロディを動くようなイントロを作りました。うれしかったのは、レコーディングを終えたチェリストのかたが、譜面を持って帰ってくれて。日本人って、あまりそういうことをしませんが、それって譜面を書いた側からすると最高の褒め言葉なんですよ」

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 ── 椎名さんが参加した経緯については?

「ひとえに純粋な音楽的欲求からでした。例えば『椎名林檎さんが参加しました。だからいつもより売れるぞ』みたいな気持ちも全くなかった。そういう余計な思惑って間違いなく相手にも伝わるものだし、すごく失礼じゃないですか。もし何らかの誤解が生じて、これまでの関係性が微妙になってしまったら、という不安も頭をよぎって」

 ── 悩まれたんですね。

「実はかなり。でも制作が進めば進むほど、やっぱりどうしても椎名さんの声が欲しいと思った。それで意を決し、『申し訳ないんだけど、どうしても曲から椎名さんの声が聴こえてきちゃうんです』と伝えたら、『それは光栄です』と言っていただけたので、その日の夜のうちに『トロンボーンのメロディをなぞってもらえたら』とリクエストを添えて音源を送ったら、翌日にはもう録音済みのデータが送られてきて」

 ── おお。

「僕のアドリブを全て拾って、メロディ、ダブル、オクターブ下を歌ってくれた一式が入っていました」

 ── ちなみにこの場合のダブルとはどういう意味でしょうか?

「同じ音程のものを右左のチャンネルに振るために2回分歌ってくれているんです。おそらくご自身も制作で大変な時期だったはずなんです。聴いた時はかなりヤバかった。正直、うれしくて泣きそうでした」

 ── 10年ぶりのアップデートを迎えた『Janeiro』ですが、ご自身では、今あらためて本作をどのような作品だったと捉えていらっしゃいますか?

「これは今でも同じですが、イヴァンはプロダクションにも入ってなくて、ブッキングもほぼ個人でやっているんです。『Janeiro』の時は、僕のホテルのコーディネートまで、全てバンドのドラマーがやってくれました。一緒にアルバムを作ってみると、そういうファミリアな感じが演奏にも溢れていた。レコーディングの最中、『こっちのほうがいい』、『いや、あっちだろ?』みたいなケンカも普通にするし(苦笑)。しかも、そこには僕が居られるスペースやムードまでもがちゃんと用意されていて」

 ── 素敵な環境でしたね。

「本当に。レコーディングの作業そのものも、まずはイヴァン自身が自分の居場所を探るように進めていくので、他のメンバーも同じようにする。それが彼らにとっては自然な流れなんですね。今回、新たにマスタリングしても、バンドサウンドとして、非常に一体感のある、いい演奏だったと感じられました。イヴァンが今も元気に魅力的な音楽をリスナーに届け続けている状況もハッピーだし、新録2曲の山木さん、ウィル、椎名さん、金原さんのカルテットの皆さんも、有難いことにとても積極的な姿勢で参加してくれました。自分が信頼している方々だけで作れたのもハッピーでした」

 ── 『Janeiro』はリリースから9年経ってもスコアと演奏が全く古びない。その不変的な魅力は今回のアップデートと新録によってより一層磨かれたのだと感じられました。

「ありがとうございます。これからも皆さんに末長く楽しんでいただけたらうれしいですね」

(了)

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