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イノベーション殺しの介護保険 〜万能ワークチェアに見るその矛盾(後編)

ここまでユニバーサルデザインの申し子のような、推しの椅子の話を書いてきた。

だが、このVELAのノーマルタイプ(手動昇降型)は、なぜか介護保険の給付対象ではない。

20年前にこの椅子に出会ったとき、10年前に確認したときもそうで、さすがに最近は給付した事例もあるかも、と思って、販売代理店のアビリティーズさんに確認したら、状況は全く変わっていなかった。

ただし、以前からただひとつの例外がある。電動昇降機能付きタイプである。

これは現在までずっと介護保険で使えることになっている。なぜか。

これは、介護保険の貸与品目における、「移動用リフト」の扱いなのだ。
以下定義。

(12) 移動用リフト(つり具の部分を除く。)
貸与告示第十二項に掲げる「移動用リフト」とは、次の各号に掲げる型式に応じ、それぞ れ当該各号に定めるとおりであり(つり具の部分を除く。) 、住宅の改修を伴うものは除か れる。
① 床走行式 つり具又はいす等の台座を使用して人を持ち上げ、キャスタ等で床又は階段等を移動し、 目的の場所に人を移動させるもの。

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12301000-Roukenkyoku-Soumuka/1109-s1.pdf


例えばベッドから乗り移りの時は座面低め、キッチンの流しを使うときには座面を上げる、確かにリフトである。
先に書いた、充実したユニバーサルな椅子機能を全く無視した上で、電動で座面高さが変わりキャスターで移動できる、その1点で介護保険法の壁を突破している。
蛇の道は蛇、そんなフレーズが思い浮かぶ解決法である。


こちらの利用者さんでも、実際に高さ調整が生活上必要な方にこの椅子をお勧めし、代理店であるアビリティーズ社に繋いで継続利用していただいている。
レンタルであれば、バッテリーの劣化などもカバーされるので、メンテナンス面でのメリットもあるのだ。

ちなみに、こちらが最新鋭タイプとのこと。


事務用の椅子にしか見えないけど、足蹴り走行できる人には適合するのだ



でも、なぜ介護保険でユニバーサルデザインの椅子を全面的に使えないのか?という問題は残ったままである。

そこで法的根拠を漁ってみる。親切にも、厚労省が自らまとめを作っているので便利。

福祉用具に関する法令上の規程について
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12301000-Roukenkyoku-Soumuka/1109-s1.pdf

まず、介護保険法は、むしろそれを許容しているように読める。

介護保険法 第八条12 この法律において「福祉用具貸与」とは、居宅要介護者について福祉用具(心身の機能が低下し日常生活を営むのに支障がある要介護者等の日常生活上の便宜を図るための用具及び要介護者等の機能訓練のための用具であって、要介護者等の日常生活の自立を助けるためのものをいう。次項並びに次条第十項及び第十一項において同じ。)のうち厚生労働大臣が定めるものの政令で定めるところにより行われる貸与をいう。

介護保険法 https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=409AC0000000123

自立支援の道具であるこの椅子ならこの定義はクリアだろう、ではどこに壁があるのか?
たぶん後半の太字のところだ。それは具体的にどうなっているのか。

介護保険法(平成九年法律第百二十三号)第七条第十七項の規定に基づき、厚生大臣が定める福祉用具貸与に係る福祉用具の種目を次のように定め、平成十二年四月一日から適用する。
厚生労働大臣が定める福祉用具貸与及び介護予防福祉用具貸与に係る福祉用具の種目
(平一二厚告四七九・平一八厚労告二五六・改称)
1 車いす
自走用標準型車いす、普通型電動車いす又は介助用標準型車いすに限る。
以下略

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=82999420&dataType=0&pageNo=1

大臣告示、というやつである。

まずはここで、3種の車いすに限定して貸与することができる、という枠組みが決まっている。
決めているのは厚労大臣ということになっている。専門家会議で実際は揉んでいるが。

さて、この告示文では、「車いすとは何か」問題が持ち上がる。要はその定義にVELAのワークチェアが含まれれば、介護保険で借りることが可能になるはず。そこを定めているのが、告示に関する解釈通知である。

第一 福祉用具
1 厚生労働大臣が定める福祉用具貸与及び介護予防福祉 用具貸与に係る福祉用具 の種目
(1) 車いす 貸与告示第一項に規定する「自走用標準型車いす」、「普通型電動車いす」及び「介助用標 準型車いす」とは、それぞれ以下のとおりである。
① 自走用標準型車いす
日本工業規格(JIS)T9201:2006 のうち自走用標準形、自走用座位変換形及びパワーアシスト形に該当するもの及びこれに準ずるもの(前輪が大径車輪であり後輪がキャスタのものを 含む。)をいう。 また、自走用スポーツ形及び自走用特殊形のうち要介護者等が日常生活の場面で専ら使用 することを目的とするものを含む。
③ 介助用標準型車いす
日本工業規格(JIS)T9201:2006 のうち、介助用標準形、介助用座位変換形、介助用パワーアシスト形に該当するもの及びそれに準ずるもの(前輪が中径車輪以上であり後輪がキャスタのものを含む。)をいう。 また、日本工業規格(JIS)T9203:2010 のうち、介助用標準形に該当するもの及びこれに準ずるもの(前輪が中径車輪以上であり後輪がキャスタのものを含む。)をいう。

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12301000-Roukenkyoku-Soumuka/1109-s1.pdf

めんどくさそうな言葉の定義がきた。JIS規格である。仕方なくたどる。その内容を、概略が載っているサイトから引用する。

ここは自分用メモを兼ねているので、長いので読み飛ばしてください><

JA.2 車椅子形式分類の定義

JA.2.1 自走用
使用者自らが駆動・操作して使用することを主目的とした車椅子。

JA.2.1.1 自走用標準形
一般的に用いる自走用車椅子で,後輪にハンドリムを装備し,バックサポートの種類は,固定式,着脱式,折りたたみ式及びこれらと同等の方式であり,特別な座位保持具はなく,任意にバックサポート角度(θB)が変えられないもので,前輪はキャスタ,後輪は大径車輪1)の4輪で構成したもの。日常生活用で特殊な使用目的のものは除く。また,モジュラー式車椅子を含み,各部の調節,脱着及びフレームの折りたたみ方式は限定しない。
注1) 車輪の大きさで,“小径車輪”は呼び12未満,“中径車輪”は呼び12以上18未満,“大径車輪”は呼び18以上を指す。

JA.2.1.2 自走用室内形(内訳略)
JA.2.1.3 自走用座位変換形(内訳略)
JA.2.1.4 自走用スポーツ形(内訳略)
JA.2.1.5 自走用パワーアシスト形(内訳略)
JA.2.1.6 自走用特殊形
特殊な駆動方式及び/又は特別な用途の自走用車椅子。自走用標準形,自走用座位変換形,自走用パワーアシスト形,自走用室内形及び自走用スポーツ形以外の自走用車椅子を全て含む。

JA.2.2 介助用
使用者自らは駆動せず,介助者が操作することを主目的とした車椅子。

JA.2.2.1 介助用標準形
一般的に用いる介助用車椅子で,特別な座位保持具及びハンドリムはなく,バックサポートの種類は固定式,着脱式,折りたたみ式及びこれらと同等の方式であり,任意にバックサポート角度(θB)が変えられないもので,前輪はキャスタ,後輪は中径車輪1)以上で構成したもの。シートベルトを装備しているものもある(例 JIS T 0102番号12 22 18)。

JA.2.2.2 介助用室内形
室内での使用を主目的とした介助用車椅子。車輪数,車輪サイズ,各部の調整,調節,脱着及び折りたたみ方式は限定しない。

JA.2.2.3 介助用座位変換形
座位保持及び/又は姿勢変換を目的とした介助用車椅子で,姿勢を保持しているのが困難な使用者のために,個々に合わせて体幹を保持するパッド,シートなど,身体支持部のリクライニング機構,ティルト機構,昇降機構,旋回機構,スタンドアップ機構などを備えた車椅子。

JA.2.2.4 介助用浴用形
浴室内での使用を目的とした介助用車椅子で,さびない工夫などを施したもの。トイレでの使用及び便器のセットが可能なものも含む(例 JIS T 0102番号09 33 66)。

JA.2.2.5 介助用パワーアシスト形
パワーアシストが付いた介助用標準形車椅子。各部の調整,調節,脱着,フレームの折りたたみ方式などは限定しない。

JA.2.2.6 介助用特殊形
特別な使用を目的とした介助用車椅子で,介助用標準形,介助用座位変換形,介助用パワーアシスト形,介助用室内形,介助用浴用形以外の全ての介助用車椅子を含み,携帯用,運搬用,バギーなどを含む。

https://kikakurui.com/t9/T9201-2016-01.html

太字が介護保険の対象となるようだ。

VELAの手動昇降タイプがこの中に分類される可能性があるとしたら、自走用特殊型、介助用室内型、介助用特殊型のどれかとなる。ただし、「駆動」がハンドリムの操作に限定されるのであれば、自走用の車いすにはハンドリムのないVELAの椅子は該当しない。だが、介助用室内型・特殊型は介護保険の解釈通知から漏れている。

どうやらこの辺が、VELAチェアが福祉用具貸与で使えない理由だと思われる。口惜しい。
厚労省(介護保険)と経産省(JIS規格)の連携プレイである。


だがしかし。

足蹴りでは使わないけどね

この4輪の「椅子」は介護保険の給付対象である。自在4輪、背もたれと肘掛けがあり、介助用ブレーキもある。VERAのものと本質的に何が違うのか。


これ、「入浴用いす」なのである。ベッドから浴室まで移動し、濡れてもOKのやつ。つまり介護保険法では特定福祉用具の「入浴補助用具」となる。

こちらの解釈通知はこれ。

(3) 入浴補助用具
購入告示第三項各号に掲げる「入浴補助用具」は、それぞれ以下のとおりである。
① 入浴用いす 座面の高さが概ね三五センチメートル以上のもの又はリクライニング機能を有するものに限る。

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12301000-Roukenkyoku-Soumuka/1109-s1.pdf

これだけかい!とツッコミを入れたくなる。仮に座面35cm以下のものでも、概ね、と書いてあるので逃げ道まである。そしてこちらは、JISを引用していない。なのでいろいろな形態のものが給付の対象になっている。


大臣告示以下の法令のアヤで、車いすに分類されたものとそれ以外は、ここまで結果が分かれてしまう
のである。そして、その隙間を調整する動きは見えない。

でも、ユニバーサルなワークチェアを使える利用者さんが、座面のみでのターンができないなど使い方に制約の多い、既存の車いすしか給付が受けられないというのは、ユニバーサルデザインの理念に逆行しまくりである。
障害者向けに作られたトイレを見て、その疎外性からユニバーサルデザインの着想を得た、車いすユーザーのデザイナーでUDの父、ロナルド・メイスもたぶん同じことを言うだろう。


なので、先の大臣告示を、

1 車いす
自走用標準型車いす、普通型電動車いす又は介助用標準型車いす、それらに準ずるものに限る。

このように直していただきたく

くらいに修正し、せめて糊しろを追加してほしい。先の「概ね」という単語と同様に。

ユニバーサルデザインに沿った用具がぎちぎちの枠組みで門前払いにならないような、法令の整備をお願いしたいところである。大臣告示なんだから国会での法改正は不要だし。

そうでないと、ユニバーサルデザインで世界で勝負できるイノベーティブな車いすが日本から出てきても、これでは国内で潰されてしまうよな、と思うのです。
何が介護ロボット推進だおい。

たとえば。


WHILL モデルF。介護保険で使えない、軽量折りたたみ式の電動車いすである。
この、ワンタッチで畳んで車の後席の足元に積める電動車いすが、どれだけ歩行困難者の行動範囲を広げることだろうか。

だがメーカーさんに確認したら、TAISコードという、介護保険レンタルに必須の番号を取っていないし、貸与品にする予定もないそうな。
(C2という、これより高性能の機種がレンタル対応しているから、かもしれないけれど)

もっとも、こちらの会社はハナから国内だけでは事業が成り立たないと見切り、海外目線でやっていらっしゃいますので、それほど困っていないのかもしれない。

でも、国内でこれを使いにくいのは勿体無いし、なんかヘン。


WHILLのことはまたどこかで書きます。この項、ここまで。


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