「アンバランス」を恐れない経営

前稿では、コロナ禍に直面した企業経営者が考えるべきことについて、縷々思うところを述べてみました。いま振り返って、改めて考えてみますと、
①本質を捉えしっかりと経営に取り組んできた経営者/会社は、コロナ禍に直面しても振り回されることなく、ダメージも受けていない
②急激で大幅な環境変化にさらされても、それに受け身で対応するのではなく、むしろ好機と捉えて、前向きに企業成長に生かすことができた経営者/会社は、コロナ禍に直面してもびくともしない
ということが言えるのではないかと思います。

今回は、上記の②について補足させていただければと思います。

成長ドライバ理論のフレームワークでは、「社長」「経営理念・ビジョン」「ビジネスモデル」「システム化・型決め」「行動環境」(さらに「行動環境」のサブドライバとして「ストレッチ」「サポート」「自律」「規律」「信頼」)の5つのメインドライバ(及び5つのサブドライバ)が企業成長の「原動力」(ドライバ)であると特定し、それぞれのドライバをあるべき望ましい姿に近づけることのみならず、ドライバ間の整合性を保つこと、そして、ドライバが他のドライバへ良い影響を与え、ドライバ同士が高め合う好循環を創り出していくことの大切さを示しています。

整合性と、影響の伝播による好循環という観点から見ますと、何らかのアンバランスが生じることによって、成長への推進力が得られるのだということが分かります。そのアンバランスを解消するために、関連する他のドライバに整合性を保とうと変化・進化のエネルギーが生まれ、その変化・進化のプロセスがさらに他のドライバに対して好影響を及ぼすのです。すべてのドライバが安定してしまっては、それが居心地良いという人もいるかもしれませんが、会社としては成長が止まってしまう膠着状態ということになり、成長志向の経営者、社員にはむしろ居心地の悪い状態ということになるでしょう。長年放置された山林は、藪の状態となることによって空気や水の流れが停滞し、不快な環境となります。それが人を寄せ付けず、さらに放置され、藪化がますます進んでいくという悪循環に陥ります。人が心地よいと感じ活力をもって生産活動に取り組める環境というのは、里山も会社も同じで、常に健全な動きがあるということなのでしょう。

だから会社を成長させようと思ったら、あえて変化、動きを起こすということが必要です。その変化、動きによって社員一人一人の成長が促され、それによって各ドライバのレベルが向上し、成果につながっていくのです。

そして、変化、動きを起こす際には、意図してアンバランスな状態を作り出すことです。

以前、アルペンスキーの選手から「スキーはアンバランスの連続だ。ターンとターンの交錯するわずか一点だけはバランスする状態であるが、その状態も一瞬で崩さなければならない。このアンバランスを自然のものとしなければ、戦えない」というお話を伺ったことがあります。スキー板を履いて急斜面でアンバランスの状態にさらされると、私たち一般のスキーヤーにとっては強い恐怖心を拭い去ることは容易ではありません。その恐怖心がスキー板の本来の性能を引き出すような身体の動きを妨げてしまうことになるのです。アルペン選手のスキーと、私たち一般スキーヤーのスキーは、まったく異なるものなのでしょう。

アンバランスな状態を解消するために、バランスさせるためのさまざまな取り組みを行うのですが、バランスしたらそれで終わりというのではなく、新たなアンバランスの状態に置くことによって、さらなる進化、成長を目指していく。会社の成長、人の成長というのは、そういうことなのではないかと思います。

さて、コロナのような予想外の大きな環境変化にさらされると、それまでの経営では太刀打ちできません。そこでビジネスモデルを大きく変化させるなどの対応が必要になってきますが、それをうまく機能させるためには他のドライバも変化しなければなりません。このアンバランスをうまく操り、迅速にドライバ間の整合性を取り戻させることが経営者の大きな役割です。

最年少上場の記録更新を目指していたという株式会社タイミーは、慢性的な人手不足に悩む飲食業界において面接なしで働きたい人と働いてほしい店舗とをマッチングするアプリで急成長していましたが、飲食業界向けの売上が全体の8割を占めていたため、コロナ禍で大打撃を受けてしまいました。成長が止まるどころか、大幅な減収・減益となり最年少上場どころではない事態になってしまいかねませんでした。それでも同社の小川社長は、コロナ禍で人出不足の状態となった物流や小売りの業界へ、飲食業界で培った自社のビジネスモデルを迅速に水平展開し、わずか数か月でコロナ以前の売上まで一気に戻すことに成功しました。「コロナのおかげで自分も組織も強くなった」と、最年少上場のスケジュールも変更していないそうです。

こうしたことは、コロナ禍のような危機時に限ったことではなく、平時の経営においても同様に言えることです。介護シューズのシェアNo.1企業である香川県さぬき市の徳武産業株式会社では、介護シューズの片足販売や左右サイズ違い販売、ユーザーの足の状態に合わせたパーツオーダーシステムなど、靴業界では非常識とされていたさまざまな「ビジネスモデル」に挑戦してきました。こうしたビジネスモデルを実現するためには、そのための「システム化・型決め」や「行動環境」など、つながっているすべてのドライバを変えなければなりません。片足販売や左右サイズ違い販売、パーツオーダーなどを実現するシステム化・型決めを迅速に構築し、うまく機能させるためには、行動環境のレベルが上がっていなければなりません。そのためには、そもそも「信頼」が醸成されていることが必要ですし、信頼を高めるためには「社長」「経営理念・ビジョン」が高まっていることが前提となります。このように、あえてアンバランスな状態を設けることによって、連鎖する全てのドライバを進化させることができるのです。

10のドライバのあるべき姿を追い求めすぎると、良い会社づくりは停滞します。いかにアンバランスを作り出していくか。それが正のスパイラスを生み出す原動力になるのです。

今般の新型コロナウィルスによる事業面での大きな影響も、会社がさらに一段、上のレベルへ進化・発展するために与えてもらった「アンバランス」を生む機会と捉え、前向きに取り組んでいただければ、必ずや中・長期での会社の成長につながることでしょう。 (東渕)

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