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『ウケバヤシ』

・こちらは全編、無料公開しています。

・上演を希望される方などは、記事最後のアドレスまでご連絡ください。

京都の『喫茶フィガロ』のイベントで生まれた物語を朗読劇として掲載しています。

【シーン1】


◇この物語は、手紙を読む形で進む。喫茶店(フィガロ)でバケツが来るのを待つハナ子。

◆いい感じの曲が流れる。(おすすめはfhána「愛のシュプリーム!」)

◇とある京都の町で二人は生まれ育った。近くには叡山電鉄が走り、幼少の頃鴨川に行った経験も二人にはある。


【10歳】

ハナ子
「10歳のお誕生日おめでとう。メリークリスマス。
好きです、付き合ってください。」

バケツ
「手紙の挨拶は、一つの方がいいです。
そんな手紙を貰っても漫才は書きません。」


【11歳】

ハナ子
「(ハッピーバースデーの歌を歌う)
11歳のお誕生日おめでとう。
バケツ君はクリスマスが誕生日ですね。
なのに、どうしていっつも、消えたいって言うんですか。
芸人に詳しいし、ぼそっと言う言葉も面白いバケツ君。
だから、私と付き合ってください。」

バケツ
「好きって気持ちはもっと大切にしてください。
父親、落語家だけど、僕と付き合っても芸人とは仲良くなれません。ネタも書けません。
そして、ぼくは、いつか命を粗末にします。」


【12歳】

ハナ子
「(マリリンのハッピーバースデーの歌を歌う)
12歳のお誕生日おめでとう。
生きよ。鴨川のデルタに行こう、あそこ元気でるよ。
今年キングコングの西野をクリスマスプレゼントに頼むつもりです。
バケツ君のプレゼントは私でいいですか?」

バケツ
「よくないです。
五味さんも、僕みたいに、近づいただけでうわあって顔されたり、女子に高速で手紙を回されたら、心のサンタも、死神を待ち続けると思います。
『実はバケツ君、もうネタを書いています。この手紙のやりとり、漫才になっているのです。』五味さん、そんな訳なくないですか。
それから、マリリンモンローのハッピーバースデーは、もう二度と見せないでください。」


【13歳】

ハナ子
「お誕生日おめでとう。
私たちも、もう13歳ですね。
初めてバケツ君ちのポストに入れてみました。
この手紙を読んでいる頃には、おばあちゃんのことも落ち着いてたらいいな。
中学校に入ってから教室で見かけることも少なくなってきたので心配です。
私は、いつまでも待っています、バケツ君のこと。」

バケツ
「落語家の父は高座の枕に、亡くなった母や、今回のおばあちゃんとかの家族の話をします。そこから噺に入って客の涙を誘うのがいつものパターンです。
しかも、何が嫌って、笑わせない。泣かせるネタばっかり。
誰が好きになるんでしょうか、そんな芸人。笑わせて欲しくないですか、せめて。
手紙、もう大丈夫です。」


【14歳】

ハナ子
「お誕生日おめでとう。
最近、バケツ君が国語の時間に褒めてくれたことを思い出しました。
『バケツって言葉をあそこまで素晴らしい表現で読めるなんてすごい。』みたいな四年生っぽくない言葉で。
私は、その言葉を聞いて『幸せビーム!好きすきビーム!』が放出されました。
バケツ君が学校に来なくなって、変わったことも変わらないこともたくさんあって、そんな一つひとつを話せたら嬉しいな、って思ってます。」


【15歳】

ハナ子
「お誕生日おめでとう。元気にしてますか。私は鬱です。
親が高校高校、高校受験って、本当に嫌。
私のお母さんとお父さんは、よく喧嘩をします。
でも、お笑いを見ると『幸せビーム!好き好きビーム』が放出されて、やなことを忘れられます。」


【16歳】

ハナ子
「お誕生日おめでとう。私は高校生になっています!最近バイトを始めたので、そのお金で京阪乗ってbaseよしもとによく行っています。
あと、高校の演劇部で地区大会に出ました。演劇にも高校野球みたいな大会があるんです。(良ければ、一緒に入れたチラシも見てください。)
PSクリスマスの夜、いっつも勉強しに行く喫茶店があって、そこで会いませんか。」

バケツ
「最近、五味さんが引っ越したことを知りました。両親が離婚してたことも。
僕は変わらず、自分がこの世から消えることばかり考えてます。
でも、笑いのことを考えてる時は、五味さんと同じで、ちょっとだけ生きようって思えます。
チラシは見ました。でも今の僕はただの中卒なんで、誘いに乗れません。」


【17歳】

ハナ子
「(ドリカムのハッピーバースデーの歌を歌う)
お誕生日おめでとう。
いよいよ約束の17歳ですね。
ラジオでバケツ君のラジオネームを聞くのが最近、嬉しいです。
私は、演劇部の地区大会で個人演技賞をもらいました。
ハイスクール漫才コンテスト。」

バケツ
「まさか、家の前で張り込みされて、鴨川へ連れて行かれるとは思いませんでした。あと、ドリカムの『午前0時を』の方はマイナーすぎます。
ハイスクール漫才コンテスト出場、お願いします。」


【漫才(17歳)】

ハナ子「どうもよろしくお願いします。」

バケツ「お願いします。」

ハナ子「キングコングと付き合いたいねん。」

バケツ「あんまり付き合いたいとか言わない方がいいですけどね。」

ハナ子「……」

バケツ「……」

ハナ子「……」

バケツ「……」

【18歳】

ハナ子
「確かにハイスクール漫才へ無理やり連れて行ったのは私です。
……けど、本番の日に会場へこなかった説明くらいは欲しかったです。
私は東京の大学へ進学します。
さようなら。」

バケツ
「五味さん、本当にごめんなさい。やっぱり、脚本が完成しませんでした。僕は本当、もうどうしようもないです。」


【19歳】

バケツ
「五味さんへ。
東京の大学はどうですか。
僕は19歳で、ようやく高校を卒業します。
バイトも始めました。
あと、最近初めて父に枕で家族のこと話すのやめてほしいと言ったところ、張り手をもらいました。」


【20歳】

バケツ
「五味さんへ。
成人式には参加しますか。僕は参加しません。
コンビニでレジ打ちをしていたときに、小学校の同級生に会いました。
『おう、元気?』って。
いじめた側は覚えてなくて、いじめられた側は覚えているって本当だなと思いました。
大喜利で戦ったら絶対にお前に負けないのにな、と思って渡したセブンスター。
セブンスター、でした。」


【21歳】

バケツ
「五味さんへ。
21年間で初めてオオサンショウウオを目撃しました。」


【22歳】

ハナ子
「手紙、もう、大丈夫です。」

バケツ
「五味ハナ子さんへ。
父が最近『死神』というネタを練習し始めています。死神はオチが噺家によって違うのが魅力なネタです。
蝋燭の火が消えて男が死ぬところだけはオチのなかでも統一されているのですが、その消し方にそれぞれのオリジナリティが入ります。
死神に消されるパターンもあれば、外にまで出れるけどあかりは消さないと行けねえ、って自分でフッと火を消すパターンもある。
父親のオチは、『えー。えーっと、えーっと。フー!』でした。」


【23歳】

ハナ子
「お誕生日おめでとうございます。
私は今製薬メーカーで働いています。
東京に来てからは毎週どこかの劇場に足を運ぶ日々です。
先日彼氏と行った浅草の寄席で、あなたのお父様を見ました。お父様は、この前お話に出ていた『死神』を演じていました。
あれだけ流暢に枕は話されるのに、オチの近く、死神と出会った男が、蝋燭だらけの場所に連れて行かれて、その一つ一つが人間の寿命だよと話す場面に入ると、『あー』『うー』『えーと』としばらく話されたあと、結局「やっぱりこっちするわ」と言って『子は鎹』を披露していました。
報告までに。」

バケツ
「五味ハナ子さんへ。
父親が引退をすると聞いたのが、その寄席の直後でした。
父親は、死神のオチを完成させたかったらしいです。
五味さん、一つだけ話したいことがあります。
手紙をずっと送ってたのは、まだ、漫才を書いてほしいという願いが有効かどうかを確認したかったからです。
良ければ、漫才のネタを送らせてもらえないですか。」

【シーン2】


【24歳】

ハナ子
「お誕生日おめでとうございます。
24歳の今、バケツ君は何をして暮らしていますか。
ツイッターを見たら、大喜利をして、芸人の番組をキャプチャして、
無断転載して、M1の予選ネタを審査員のように一言コメントして。」

バケツ
「五味ハナ子さんへ。
父親は個人タクシーの運転手になりました。
乗車中の客に家族の話をするそうです。
ネタも完成したら送らせてください。」


【25歳】

ハナ子
「お誕生日おめでとうございます。
見て下さい、同封している写真。彼氏といる時はこんなに笑って過ごてせます。
もう『幸せビーム!好きすきビーム!』って理由は、バケツ君以外にも見つかりました。
バケツ君も恋をして『幸せビーム!好きすきビーム!』を放てば良いと思います。」

バケツ
「五味ハナ子さんへ。
写真見ました。
……芸人の恋人になるのだけは勧めません。
あの人たちは芸の肥やしというていで女性を抱いている生き物です。
しかも、そういう関係性の人間をタレと呼びます。
終わりですね。
というか『幸せビーム!好き好きビーム!』ってなんですか。」


【26歳】

ハナ子
「お誕生日おめでとうございます。
私はカキタレではありません。
ちなみにあなたが送ってきた手紙、彼氏と読んでいます。『あんだけ大見え切ったのにまだネタ完成してないやん』で爆笑する夜もあります。」

バケツ
「五味ハナ子さんへ。
すーごい。すーごいことしてますね。
死神のオチ覚えていますか。
あれは、死神についていった男の寿命が洞窟の中で弱々しく光っていて、その蝋燭の灯火を死神が、消そうとするオチでしたよね。
もしも僕が今それを書くなら、こう終わらせます。
『いやだあ』
『へへへ、ええやんええやん』
『せめてあかりは消してや』
フッ。
僕、息絶える。
はい、これです。
で、僕が息絶えて終わりです。
そこから受け囃子が流れる。
……あと、その芸人、既婚者じゃありませんでしたか。」


【27歳】

ハナ子
「お誕生日おめでとうございます。
全略。」

バケツ
「五味ハナ子さん、前略は、そういう意味ではありません。
今なら死神のオチは、こうです。
『私の不祥事で、たくさんの人にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした』
『八又ってどういう意味ですか』
『会見の方、打ち切らせてもらいます。』
フッ。開場真っ暗。僕、息絶える。
受け囃子流れる、と。
あの芸人、引退したらしいですね。
僕は引退しません。」

【28歳】

ハナ子
「離婚した父が再婚していたらしいです。私と同じ28歳。
この前手紙に書いていた受け囃子って曲の概念、面白いですね。
ネタが終わった後に流れる曲。
バケツ君は、まだ人生を終わらせたいとか考えてますか。」

バケツ
「ネタが完成していないので、それまでは生きます。
久しぶりに、あの喫茶店へ行きました。(今は喫茶フィガロという名前になっていました)
毎回クリスマスの時、喫茶店へ戻ってたって本当ですか。
大学生の時も、社会人になってからも。
店長から聞きました。
どうしてですか?」


【29歳】

ハナ子
「私は今年、29歳で仕事辞めちゃいました。
去年の私のクリスマスは、もうなんかどうでも良くなってマッチングアプリであった男とカラオケ行って一乗寺のラーメン二郎を梯子して帰りました。
あと、もうハナ子でいいです。
ネタが完成するまでだったら、まだまだ長生きしそうですね。
私は、もう、いいかな、全部。」

バケツ
「ハナ子さん、僕と漫才しませんか。
コンビ名は『ウケバヤシ』とか面白いかもしれませんね。
ネタが完成するまで、ハナ子さん、終わるのは待っててくれませんか。
あと、デルタ。デルタ見に行きましょう。
次のハナ子さんの、お誕生日、そこで祝わせてください。」


【30歳】

ハナ子
「誕生日おめでとうございます。
今年、京都に戻ってきました。
ちなみに私は今、お葬式で
マックスの『ライドオンタイム』を流そうと考えています。
人生最後の受け囃子です。」

バケツ
「ハナ子さんへ。
今、大阪でお笑いの養成所に通っています。
あと、マックスのライドオンタイムは、やめといた方がいいですね。」

【31歳】

ハナ子
「誕生日おめでとうございます。
私は今年、全国の温泉を巡って、ブログにまとめる旅に出ました。
休みの日には毎日旅で、しんどいです。」

バケツ
「ハナ子さんへ。
いわゆる養成所を卒業しましたが劇場預かりになることができませんでした。
あとしんどいならブログやめた方がいいです。」


【32歳】

ハナ子
「誕生日おめです。
私はお葬式でaikoの『花火』を流そうと考えています。
人生最後の受け囃子です。」

バケツ
「ハナ子さん。
『夏の星座にぶら下がって』、じゃあありません。
でも、この流れ、ネタにできるかもしれませんね。
死ぬ前に流す曲を考える漫才とかどうですか。
マックスのライドオンタイム、いやいや、マックスって、みたいな。」


【33歳】

ハナ子
「誕生日です。
あんまりよく分からないんですけど、ネタが完成してないのに漫才の大会に出るってどういうことですか。
PSフィガロのコーヒーは飲めないのではなくて飲まないだけです。」

バケツ
「素人のハナ子さんと、一応プロのバケツで漫才を披露する。で、葬式の曲はあれがいいこれがいいって言い続けて、ハナ子さんが『こんなんだからネタが完成しないんですよ』っていつもの手紙のやりとりみたいに言う。そういう流れの漫才はどうかなって。
生焼けみたいな。
PSでも、この季節にアイスココアを注文するのはいかがかと思います。」


【34歳】

ハナ子
「34歳のお誕生日、おめでとうございます。
だから言ってたんですよ、小学校のとき。手紙のノリが漫才になる、って。
祝勝会は喫茶フィガロで、ですね。
ちなみに今年から、大学で取った資格を使って図書館の司書をしています。
読み聞かせの日があって、子どもたちが褒めてくれます。お体に気をつけて。」

バケツ
「ハナ子さん。
漫才の大会、まだまだ一回戦突破でしかないですよ。
こんな僕でよければ、これからも『ウケバヤシ』、よろしくお願いします。
PSコーヒー飲めずに吹いた時には爆笑しました。」

【シーン3】


【35歳】

ハナ子
「本当に今年、漫才の大会で二回戦突破の祝勝会をやると思いませんでした。
八又の記録を超えることができました。ありがとう。
実は、今回バケツ君に一つ報告があります。
35歳の今年、結婚することになりました。
お相手は、健康食品メーカーの事務職員です。結婚とダブル祝勝会ですね。」

バケツ
「ご結婚おめでとうございます。
30代を超える前に、ハナ子さんの人生が終わらなくて本当によかった。
あと漫才の件も、素人とのコンビで二回戦突破できるって相当な可能性があるんじゃないかと、僕は思っています。また今週の土曜日、練習お願いします。」


【36歳】

ハナ子
「今年は、漫才の大会に出場できなくてごめんなさい。
ですが、おかげで無事出産することができました。
見てください。これだけ大きく成長しましたよ。
お母さんが、私の見たことないような表情で、この子をあやしています。
今年はフィガロには行けそうにありません。
バケツ君もお体には気をつけて。」

バケツ
「ハナ子さん。
おめでたいという気持ちがすごく溢れていて、何から書けばいいのか迷ってしまいます。とにかく可愛いのと、大変な中、よく頑張っているのだなあということと、その、『幸せビーム!好き好きビーム』と言うのはこれだなあ、と言うのがわかる感じです。
漫才のことは忘れて過ごしてください。」


【37歳】

ハナ子
「バケツ君、同封したお手紙をご覧ください。
ようやく二人で結婚式を、執り行う運びとなりました。
私はバケツ君を人生の恩人だと思っているので、参加してくれれば幸いです」

バケツ
「非常に悩んだのですが参加はやめておきます。
今のハナ子さんには、あの小学校時代、それ以上の幸せビーム!好き好きビーム!が放たれていて、もう、お笑いとか僕とかの力がなくても、やっていけるという謎の自信があります。
僕は、相変わらずコンビニで働いていますし、芸人か芸人じゃないか、みたいな感じで日々を過ごしています。
あと、仲間が主催してる大喜利の大会もあるので、そちらに参加しますね。
お幸せに。」


【38歳】

ハナ子
「バケツ君、私、今年は漫才やろうかなって……」

バケツ
「先日、父が亡くなりました。
遺品を整理していたらボロボロのノートが出てきて、中にはネタのことが書かれていました。
父親は死神のオチを、現役引退した今でも、まだ考えていたみたいです。
メモ書きに一言だけ書かれていて。『絶対に笑わせる』って。
あの人が人情噺をしていたのは、自分が面白くない、笑わせる実力がないって、分かっていたから泣かせる話ばっかりしていたのじゃないか、って。
僕は、まだネタを完成していない。
コンビニでの毎日がずっと続いて。芸人のことを知ったような口で語って。
僕も、もう38歳ですって。
ハナ子さん、僕、どうしたらいいんでしょうね。」


【39歳】

バケツ
「ハナ子さん。
僕と、芸人になってくれませんか。」


【40歳】

ハナ子
「ごめんなさい。」

バケツ
「……という、冗談です。お子さんいるのに、そんなことは言いません。
僕も、40歳でキリがいいので芸人を引退することにしました。今まで、ありがとうございました。」


【41歳】

バケツ
「(脚本を書くというていで)『どうもウケバヤシです、よろしくお願いします。』『41歳なっても頑張っていこうと思いますけどね』『あのさあ、バケツ君、お父さんのお葬式で何の曲流したんですか。マックスのライドオンタイム?』」


【42歳】

バケツ
「(脚本を書くというていで)『どうもウケバヤシです、よろしくお願いします。』『42歳なっても頑張っていこうと思いますけどね』『じゃあ、結局お父さんのお葬式で何流したのですか。わかった、チャゲアス。チャゲアスの『SAY YES』。』」


【43歳】

バケツ
「(脚本を書くというていで)『どうもウケバヤシです、よろしくお願いします。』『43歳なっても頑張っていこうと思いますけどね』『じゃあ、結局お父さんのお葬式で何流したんですか。わかった、鴨川に行きましょう』『どういうことですか』『鴨川のせせらぎを録音して流しましょう』『会場すごい空気になりますよ』『デルタを見たら頑張ろって思えますよ』」


【44歳】

バケツ
「メリークリスマス、ハナ子さん。
ネタが完成しました。
『幸せビーム!好き好きビーム!』
あなたの周りにたくさん溢れていたら嬉しいです。
また、どこかで。」

【45歳】

◇ここで手紙が途絶える。

【シーン4】


【前談】

ハナ子
「お久しぶりです。
バケツ君、お元気ですか。

私は5年の間開かずだった手紙を読みながら、あなたのことを考える日々です。
知っていましたか、この喫茶フィガロは夜からイベントブースに変容するんです。
あなたが最後に書き残したネタを、お客様の前で披露しようと思います。
あなたの言葉で私は、たくさん幸せになれました。

噛みしめながら、あなたの最後の言葉を読もうと思います」


【落語】

ハナ子
「わずかな金の算段もできず、両親から悪口雑言で馬鹿にされた男。
男は噺家で、語り口こそ立派なものの、笑わせることはどうも苦手。
それでは意味がないと大きな木の下で首をくくろうとすると、一人の男の子が顔を出す。

全身真っ黒な布に包まれたその子は自分のことを死神と名乗った。
聞けば、彼の周りでは望まない形で人が死んでいくという。
それはあまりにも悲しいと男は死神の話を聞きながら、考えた。
『その生い立ちを、俺に売ってくれへんか。その代わりに生活は俺が面倒を見るから』

語りぶりには自信のあった男。笑わせることが苦手なら、と思いついたのが。
笑いとは真逆の泣かせることだった。
「葬式に慣れる、なんて言葉、考えたくもなかったけどね。」
男の口から出る悲劇の物語は、見るもの全てを感動に包み込んだ。
「冷たくなっていく、その手を握りながら、あの人は『歌を歌ってほしい』といった。」

そうして、男は日銭を稼ぎ、死神と共に暮らしてた。
そんなことを考えながら、来る日も来る日も、口から人情噺をこぼしながら、ついに男は、笑わせることを忘れてしまった。
そうして、過ごしていく中で、ついに男は忙しさに倒れる。気がつくと死神と男の前には無数の蝋燭が立っていた。
「これは全部、人間の寿命。」

そうしてしばらく歩いた先に、弱々しく光る蝋燭があった。
「それで、これが、あんたの寿命。」
男は、それを見て自分ももうすぐ死ぬことがわかった。
「まあ、そうか。仕方ないよな。こんな誰かが死ぬことを飯の種にして生きてた人間」

そう伝えると火はより小さくなっていく。
「ありがとうな、死神。お前には散々迷惑かけた。」
そうして火は更に小さくなっていく。

「やめてくれ」
死神が、俯いたまま、男につたえる。
男はその場で息たえ、蝋燭の周りには、死神が流した涙の後が残る。

「いけねえ、涙で、火が消えちまった」

バケツ
「おおおおい、父親あああ。あれだけノートに笑わせる書いて、最後に残したのがこれって。めちゃくちゃ涙を誘う内容じゃないですか。どこで笑うんですか。『いけねえ、涙で、火が消えちまった』のくだりですか。」


【漫才】

ハナ子「どうもウケバヤシです。お願いします。これから最期の漫才をさせてもらうわけですけど。」

バケツ「長かったですね。そもそも、父親もお葬式も、泣かせにかかるような演出が気に入らないんです。別にリンダリンダ流しても、マツケンサンバ流してもいいし」

ハナ子「確かに。まず、白黒を基調とした色味がね、辛気臭いですよね。」

バケツ「シックな木目にしたらいいと思うんですよね。あと、お焼香という葬式の場でしか手に取ることのない謎アイテムね。」

ハナ子「ねるねるねるねの2番の粉にしましょう。それから、香典ね。」

バケツ「ハッピーデスポイント。これにしましょう。」

ハナ子「葬式回れば回るほどポイントが貯まるシステムで。なんなら葬式なんか別に厳かな場所でやる必要もないし」

バケツ「シティポップに観客が揺れる会場でもいいですからね。」

ハナ子「じゃあ、ここでお葬式といえば恒例の、喪主の挨拶。これも、ポップに行きましょうか。バケツ君、カモン。」

バケツ「了解しました。」

◆いい感じの曲が流れる。(おすすめはハッピー♡7「幸せビーム!好き好きビーム!」)

ハナ子「小学生の時は、私だけが友達でした」

バケツ「だけを強調したらダメなんですよ」

ハナ子「中学校は、めちゃくちゃ不登校をしたおかげでお笑いに詳しくなって」

バケツ「不登校にめちゃくちゃも、そんなにもないですけどね」

ハナ子「高校で漫才をしました。実は高校の時まで、ずっとバケツ君のこと好きだったんですよ。」

バケツ「までをつけるとその後の展開がバレちゃうんでやめてください。」

ハナ子「私が大学生の間、バケツ君はその雄大なフリーターという時間を利用してお笑いを熱心に研究して。」

バケツ「ツイッターで芸人のネタに採点するような潤沢な日々を過ごしてました。」

ハナ子「同級生にコンビニで声をかけられるという過去を乗り越える試練がやってきたり。」

バケツ「……ちょっと待ってください、観客で来てません? 苦い気持ちでセブンスター渡した同級生。すごい手を振ってくれてる」

ハナ子「父親が必死で作ったネタが滑っていたり」

バケツ「……え、父親のタクシーの同勤の方ですよね。なんで来てくれたんですか。めちゃくちゃ父親のことをディスってるのは……いいですか」

ハナ子「恋人は作らず、精神統一しながら日々を過ごして」

バケツ「いじってますよね。めちゃくちゃな恋愛してたあなたに言われたく……え、来てますよね。八又クソ野郎、お前ええええ。何をしれっとホットティー飲んでるねん。」

ハナ子「私が、めちゃくちゃになってラーメン二郎に行った相手も来てます」

バケツ「本当に、どういう温度でこれを見てるんですか、今。」

ハナ子「温泉のブログの人も来てるし」

バケツ「生きてる時言えなかったから言いますけど、ハナ子さん、なんで混浴ばっかり取り上げてたんですか」

ハナ子「旦那も来てます」

バケツ「心広くないですか、旦那さん。……どうですか、妻を好きだった相手が、必死に喋ってる姿。滑稽ですよね。あ、セブンスターの同級生、今、ふーっってテンションの時間じゃないかな。」

ハナ子「バケツ君は、ネタを書き続けながら、面白いことをずっと考え続けました。すると、どうでしょう、バケツ君はたくさんのいろいろな人たちと巡り会いました。」

バケツ「ラジオネーム、瀬戸内ジャンクション。ラジオネーム、ちくわぶ大明神も。……ヒポポタマス大臣、芸人やめたって聞いたのに。ハナクソぱくぱくおじさん、何泣いてんすか。」

ハナ子「そこに、悲しいだけの姿は、ありませんでした。40年間の悲しくて、だけど笑えるような、人生があったのです。」

バケツ「実は、父親の葬式のとき、何も流さなかったんですよ、出棺の時。もっと楽しく明るく終わったらよかったのにって今でも後悔してて。」

ハナ子「じゃあ、バケツ君、お父さんの葬式で流す曲は何にする? aikoの『花火』?」

バケツ「夏の星座にぶら下がって上から花火を見下ろしてじゃないんですよ。」

ハナ子「こんなにすーきなんですー、仕方ないんですー、はこの世に向かって歌ってますからね」

バケツ「まだまだ未練あるじゃないですか、現世に」

ハナ子「わかった、『DANZEN! ふたりはプリキュア』や。」

バケツ「『命の花ー咲かせて思いっきり、もっとバリバリ!』じゃないんですよ。終わったんですよ、命は完全に。」

ハナ子「バケツ君は何か考え、ある?」

バケツ「……受け囃子」

ハナ子「受け囃子?」

バケツ「売れてなかったけど、人情噺ばっかりだったけど、あの人はずっと落語家で生涯を終えたから。創作の死神、オチもなかなか涙を誘ったよ。」

ハナ子「漫才も落語も、オチがきて終わる。終わらせましょうか、私たちも。」

バケツ「わかりました。」

ハナ子「そうして、過ごしていく中で、ついにバケツ君は倒れる。
気がつくとハナ子とバケツ君の前には無数の蝋燭が立っていた。
そうしてしばらく歩いた先に、弱々しく光る蝋燭が一本。

『これが、あなたの寿命。』

バケツ君は、それを見て自分ももうすぐ死ぬことがわかった。
……バケツくんは、どんな最期がいいんですか?」

バケツ「明るい方がいいですね。」

ハナ子「じゃあマックスのライドオンタイム。」

バケツ「葬儀でマックス流すのはマックス本人か、関係者だけですから」

ハナ子「じゃあCHAGE&ASKAの『SAY YES』?」

バケツ「余計なものなどないよねー、この歌です。余計なのは」

ハナ子「えんとつ町のプペルは?」

バケツ「キングコングの西野が作った映画「プペル」の主題歌。絵本作るところまでは好きやったのに。なんでしょうね、今の起業家みたいなスタンス。」

ハナ子「じゃあ、スタンディングオベーションで行きましょう。」

バケツ「コンビニ勤務30年お疲れ様でしたじゃないんですよ」

ハナ子「店長も来てます」

バケツ「ほんまに来てるやん。いや、同級生、今のタイミングでセブンスターくださいじゃないんですよ」

ハナ子「じゃあ、ここは優雅にコーヒーブレイクで」

バケツ「なんで見送る時にホッと一息なんですか。」

ハナ子「葬式も喫茶フィガロで行いますか。」

バケツ「店長もコーヒーこのタイミングで配らないでいいんですよ。っていうかね、ごめんさない、僕背伸びしてましたけど、コーヒー飲めません。ホットココアにしてください」

ハナ子「じゃあ、ホットココア二つで」

バケツ
「喫茶フィガロはコーヒーが美味しいんですよ。何を40過ぎた人間が揃ってホットココアって。
おい、八又、お前がこのタイミングでココア頼むのは違うぞ。そういうとことやぞ。
え、ラーメンを一乗寺で食べる? それが許されるのはSUSURU.TVの人だけですって。
ん、混浴する? 人の葬式なんやと思ってるんですか。
ああ、向こうでラジオ職人と売れてない芸人が、死を取り扱ったよくない大喜利で盛り上がってる。死後硬直で、じゃないんですよ。」

ハナ子「やっとフィガロで二人っきりやね。」

バケツ「……うん」

ハナ子「誕生日おめでとう。」

バケツ「うん」

ハナ子「メリークリスマス。」

バケツ「うん」

ハナ子「好きな人が出来ました。」

バケツ「十歳か。ハナ子さんにそっくり。」

ハナ子「目元は旦那って言われる。」

バケツ「そっか」

ハナ子「生きるね」

バケツ「うん」

ハナ子「この子とゲラゲラ笑いながら」

バケツ「いいと思う」

ハナ子「バケツ君」

バケツ「何?」

ハナ子「……悪くなかったやろ、生きるのも」

◇バケツ倒れる

ハナ子「……いけねえ、涙で、火が消えちまった」

◇ハナ子、マリリンモンローのハッピーバースデイ歌う。

バケツ「いや、人が死んだ時に歌う歌じゃないんですよ。バースデーケーキみたいに、僕の蝋燭に火をつけて。つけたから生き返っちゃましたよ。ねえ、どうするんですか、これ。」

◇ハナ子、バースデーケーキの火を消すようにバケツの火を消す

バケツ「もう、ええわ。」

◇思わず笑ってしまうハナ子。

ハナ子「どうもありがとうございました」

◇暗転。

◆いい感じの曲が流れる。(DREAM COME TRUE『HAPPY HAPPY BIRTHDAY』がおすすめ。)

◇おしまい。

(2023年12月、喫茶フィガロ開催のイベントより。)

「ウケバヤシ」の上演を考えている皆様へ。

・上演の際には、バケツズの方へ上演許可をお願いします。また必要に応じて行う改編等も、バケツズへの許可の上行うようお願いします。

・また、準上演(ネット上での読み合わせ等)の際にも、バケツズの方へ上演許可をお願いします。また、必要に応じての改編等も、バケツズへの許可の上行うようお願いします。

・上演の形式によっては有償の場合もあります。詳しくはバケツズまでご連絡ください。

連絡先:yokobayashidai2@gmail.com

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