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クリスマスの過ごし方

「でしょ〜?幾らクリスマス前だからって、ファミレスみたいなイタリアンの店に、彼女を連れてくってさぁ。信じらんない」

「子供は走り回るし、うるさいったらないんだから」



「お待たせしちゃって」

トイレから戻った女性の名前は、
恵美という。

テーブルに着くと、飲み掛けの、赤ワインが入ったグラスを手にした。


僕は、レシートを手に椅子から立ち上がり

「帰ります」

それだけ云って、レジに向かった。


僕の背後から、恵美の動揺した声が追いかけて来る。

「え、帰るって。だってまだドルチェが」

知るか。
勝手に一人で食え。


僕は精算を済ませ、店を出た。


駐車場に向かい、自分の車に乗り込んだ。


「ちょっと待って。私も乗せてよ。それとも、送ってくれないの?」

恵美は走って来ると、不満そうな顔でそう云った。


僕は車の窓を開けた。

「あの店のトイレはダメだな。女性用トイレからの声が、男性用にまで、丸聞こえってさ」

恵美はポカンとした顔で、僕を見ている。


「僕もトイレに行ったんだよ」

恵美の顔色が、サッと変わった。


「友達?ペラペラと、よく話してたね」

「あ……」


「いい店は予約で埋まってて取れなかった。
だからって、高級な店に貴女を連れてく義務は僕には無い」

「なんでよ。失礼じゃない」


失礼なのは、どっちだ。

僕は恵美と話すことが、アホ臭くなった。
だが仕方がない。


「貴女は電話で、自分のことを“彼女”って云ってたよね。違うでしょ?僕と貴女は、知り合ってから、会うのは、今夜でまだ、2回だよ?」

「で、でもこの店に私を連れて来たじゃない」

僕は肩で、ため息をついた。



「貴女がイタリアンの店に連れけって煩く云うからだよ。会社の同僚から貴女を紹介されたから、僕は会ってみようと思った。気が合えば、交際を申し込もう。そう考えてた」


「それでどうなの」

「僕に云わせないでくれ。悪いけどタクシーで帰ってください。失礼」


僕はアクセルを踏むと、駐車場を後にした。

相手を好きになるまでに、時間など関係ないのは知ってるつもりだ。
一目惚れだって、あり得るんだ。
だけどこれは、無いよな。


「疲れた」

早く帰って風呂に入ろう。

僕はアクセルを強く踏んだ。



翌日、会社で紹介してくれた同僚に謝った。

彼は「気にすんな」
そう云ってくれたのが、有り難かった。

デスクに戻ると、早速、隣りの畠山が声を掛けて来た。


「速水、気にすんな」

そう云って、僕の肩をポンッと叩く。

「安心しろ。全く気にしてない」

畠山は、ニヤニヤしながら僕を見ている。

感じ悪いぞ!



30を超えてから、僕の廻りは騒がしくなった。

恋人は居るのか?

好きな子も居ないって本当か?

いつまで独身だと、出世にも響くらしいぞ。


そして36になった今は、僕自身より、廻りが焦ってきた気がする。


何か人には云えない秘密でもあるのか?


「別にないよ。人を何だと思ってるんだ。全く」



ダイレクトメールも、結婚紹介所からのが急に増え出したし。

「僕のペースで生きさせてくれ。
頼むから。本気で結婚したいと思ったら自分で考えるよ」

両親が、放任主義なのが救いだな。


だが一人居るんだよ。
家族にうるさい人間が。

「もしもし、朔太郎?今度の土曜日、空けといて」

ほら来た。

「空けとけって、またアレ?」

「何よ、アレって。重要なことでしょう? 若い子なの、27歳。嬉しいでしょう」



勝手に決めつけるな!

「そんな若い子が、36のおじさんに、会ってみてもいいって!
看護師さんよ。ナイチンゲールよ」

おじさんだと?

「もしもし。聴いてる?だから土曜日は、彼女とデートしてちょうだい。いい子よ〜。ちょっと……個性的だけど」


「……」

「なに黙ってんのよ。何か云いなさいよ、朔太郎」

「姉貴に何を云っても無駄なことは、判ってるからさ」


「あ、やな感じ。弟に早く幸せになって欲しいから、優しい姉が紹介してるんじゃない。いい、土曜日だからね。詳しいことは、メール送るから。じゃあね」


一人でいると、不幸せだと、何で決めつけるんだ?

そこが理解出来ない。


せっかく風呂から上がって、疲れが
取れたと思ってたのに。

入る前より疲労してしまった。

とっとと、寝ることにしよう。

「ちょっと個性的って云ってたけど。
姉貴の云い方が、何か引っかかるな。まぁいいや。考えても仕方ない。寝よう」


僕はベットに入ると、部屋の灯りを消した。



土曜日。

僕は姉貴の紹介で、看護師さんの、
芽依さんと、カフェに居る。

彼女は大人しい人だった。

僕もあまり話す方ではないので、
2人共、さっきから珈琲ばかり飲んでいる。


明後日は、クリスマスイヴだ。
だから何だ。

店内にもツリーがあり、昼間でも
電飾が光っている。

クリスマスソングがエンドレスで流れ、気分を盛り上げようとしていた。


芽依さんは、鉢植えの赤いポインセチアを、ずっと眺めていた。

「芽依さんは、ポインセチアが好きなんですね」

すると彼女は、ゆっくり僕のことを見た。
「赤いポインセチアが好きなんです」


「僕も、ポインセチアと云えば、赤色が浮かびますね」

「キリストが流した血の色だそうです」

この時の芽依さんは、笑顔ではなく、真剣そのものといった目をしていた。僕は、少し怖いと思った。 


「えっと、映画は好きですか?」

なに、お見合いみたいなことを、僕は訊いてるんだ。

「好きです。ジェイソン最高です!」

……ホラー映画が好きなんだな。


「私、いまの仕事は天職だと思ってるんですよ」

「病気の人を元気にする仕事が、天職だと思えるなんて、芽依さんは優しいんですね」


「それもありますが、やっぱり血が見れるから」

そう云って芽依さんは、清々しい笑顔を見せた。


僕には悪寒が走った。



何がちょっと個性的だ。
どこが、ちょっとなんだ。

その晩、僕は姉貴に電話をかけた。
もちろん彼女とは、付き合えそうもないと伝える為だ。


「朔太郎もダメかぁ」

「僕もダメって、どういう意味だよ」

「芽依ちゃんのことを、何人かの人に紹介したの。彼女、早く結婚したいんですって。でも断られるのよ、男性の方から」

当然の結果だろう。
よほどマニアックな男以外は。


「ねぇ、若くてもダメ?」

しつこい!
しかも判ってない!


電話を切って、僕はコンビニで買った雑誌を開いた。

【Xmas特集】の大きな文字が飛び込んで来た。

買うのを間違えたか?

[クリぼっちにならない為に]


やめてくれ!

僕は雑誌を閉じて、ほっぽり投げた。

「『クリぼっち』なんて云い方、どこのどいつが生み出したんだ!」

クリスマスに一人でいちゃ、いけないのか?
そんなに恥ずべきことなのか?

いつ、どこで、だれが、何のために決めたんだ!


その晩、僕は宅配で注文した、Lサイズのピザと、ポテトの大盛りを、

ガンガン食べまくった。


翌日の日曜日が、吐き気と腹痛で、
一日中苦しむことになるのを、僕はまだ知らない。


      了



















































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