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うた子さん  (第5話)

「うた子、あんな男と付き合うのはオレは許さんぞ!さっさと別れなさい」

「一回会っただけで、あの人の全部が分かったように云わないでよ」


「あんな男は、ひとめ見れば分かる。だいたい、うた子は男を見る目がなさ過ぎる。

今までの男も全部、駄目な奴ばかりだったじゃないか、まったく」


「なら、云わせてもらうけど、父さんには愛人がいるでしょう。そんな人に、わたしの彼氏を、とやかく云えるの?」

「愛人だと、そんな女はおらん!バカを云うんじゃない、なんだ親に向かって。とにかくああいう男はイカン。ロクな奴じゃない」


「あーうるさい!あなた達、ケンカなら外でやってちょうだい。頭が痛くなるわ!」

「外だと近所にみっともないだろが。お前の頭痛など寝てれば治る、口を挟むな」

「はいはい、そうさせて頂きます。好きなだけ父と娘で怒鳴りあったらいいわ」


       💼🎒


確かにロクな男じゃなかったな。ふふ。


「うたちゃん、こっちに来てお酌してよ」

「あ、オレもして欲しいな」

「いーたーしーまーせん。ご自分でどうぞ。忙しいんです」


「うたちゃん外科医?」

「なら、御意!」


「クー、可愛い顔と裏腹なクールさが魅力的なんだよなぁ」

「え〜、俺は優しくして欲しい」

「子供だねぇ、熟女の良さが分からないようだな」


「ちょっと待った、『熟女』という言葉は大嫌いだから使わないでください。

ついでに云っておくけど『美魔女』とかいう、訳の分からないのも禁止だから」


「よーちゃんじゃダメ?」

「店長、誰だよ、よーちゃんて」

「オレ。洋介だから、よーちゃん。お酌するよ」

「男にしてもらうなら、手酌にする」


「アハハ、うたちゃ〜ん、料理できたから取りに来て」

「すみません店長、直ぐ行きます」

「どう、仕事には慣れた?」

「わたしは何もしてないんですよ。店長と、お客さんの云うことをやってるだけで。助けてもらってます」

「いいんだよ、それで。うたちゃんは実家の魚屋の他に接客の仕事をしてたのかい」


「いえ、特別には……どうしてですか?」

「いや、客のあしらいが慣れてるからさ。

まだ、そんなに日数も経っていないし、特に酔っ払いの扱いは大変だからな」

「たまたまですよ。料理、持って行きますね」

「おう、よろしく」


あれも客をあしらうという仕事だったのだろうか。

確かに《接客業》だったけど。

うた子は心の中で、そう思いながら苦笑した。


       💼🎒


今夜は月がお休みしてる。

仕事帰りの真夜中の道。

うた子がネットを見ていたら、無料で自転車を譲ってくれる人を見つけた。

まだキレイな、その自転車に乗らずに今夜は歩きたい気分だった。


うた子は眠る時以外に、目を閉じることが出来ない。

必ず睡眠薬を飲まないと眠れない。

怖いのだ、過去の自分が出て来ることが。

自分がやっていたことを見るのが。

そのことを思い出したくなかった。


    💄1年前💋


車一台がやっと通れるくらいの細い橋のたもとに立っていると、一台の車がやって来て、うた子の前で停車した。

うた子は黙って後ろに乗り込む。

車を運転している男は、振り返ることもせず、うた子に告げる。


「今日のお客様はホテルでお待ちだ」

「へぇ、珍しい。自宅じゃないんだ」

男は黙って車を走らせる。


数分後、ビジネスホテルの駐車場に車は吸い込まれた。

うた子は、ただホテルの部屋の番号だけを訊くと、ゆっくり車を降りた。

「いつも通り、時間が来たら迎えにくる」

男の言葉に、うた子はうなずきホテルへと入って行った。


そして《仕事》を終えた、うた子が駐車場に行くと、既に車が待っていた。

さっきの橋に着くまで、車内は無言だった。 いつものことだ。

フローラルの匂いが車内で香る。

うた子がシャンプーした時にホテルで使った、その匂いだ。


男はうた子を降すと車はスピードを上げて去って行った。

夜空を見上げて、一つ深呼吸をする。

「素のうた子が帰ったよ」

胸の中で、そう云ってから、うた子は家路に着く。


この頃父は、かなり重い病気になって、ずっと入院していた。

母は今まで通り、看護師を続けていた。

うた子のことは、母の耳には入っていただろう。けれど何も云わなかった。


家から少し、離れた場所で車から降りたところで田舎では、うた子がどんなことをして稼いでいるかは町中の人間には分かっている。

白い目で見られるのにも、もう慣れた。


軽蔑したければすればいい。

わたしが好きでやってるとでも思っているなら、こっちこそ軽蔑してあげる。

うた子はそう自分にいい聴かせ、精神がおかしくなるのを、すんでのところで踏ん張りながら生きていた。


         💼🎒


真夜中に、コンビニがまるで異界のように煌々と明るかった。

その灯りに、うた子も一匹の虫になって吸い込まれた。

今夜は呑みたい気分だったから。


薄暗い公園のベンチに座り、うた子は缶ビールを呑んだ。

不思議と気持ちが安らぐのを、うた子は感じる。

自分が“闇”だからこそ、この暗闇が落ち着くのだと、そう思った。


うた子がどんな稼ぎ方をしていたかを周りは承知しているのだ。

そんな女の売る魚など、誰も買いには来ない。


店が潰れたのは、ごく自然なことだ。

ただ、母に申し訳ない気持ちで、うた子は時々苦しくなる。

あんな男と一緒になった為に母までが世間の冷ややかな環境の中で暮らすようになってしまった。


母は気が強い人だ。

良い意味でも、その逆も。

「うた子とは暮らしたくない。東京にお父さんが買った家があるでしょう?

叔父さんが住んでいたあの家。

そこで一人暮らしをしてちょうだい」

ある日突然、そう云われた。


半分は本心かもしれない、けれど……

半分は、わたしが町の人たちから、嫌な顔をされているのも知って、この町から出て行った方がいい。

そう思っての言葉だと、うた子は感じた。


母は自宅を売り、そのお金で離れたところにマンションを購入し、独り暮らしを始めた。


「私はここを、終の住処にするわ。何かあったとしても、うた子はうた子で生きて行きなさい。私がある日、死体で見つかったとしても、驚かないで。それが寿命というものよ」



グイッと缶ビールを呑む。

同時に涙が頬を伝う。


ヒロ太、帰って来て。

お願い、一緒に居て。

抱っこしたいよ今すぐに。

お願い……だから……。


「あれ?あの人、ケナシーワルツの、うた子さんだよね。こんな夜中に、どうかしたのかな?」

残業が長引き、終電で帰って来た谷村が、うた子を見ていた。

「一人で真夜中に公園に居るのは危険だよな。でも何となく声をかけにくい雰囲気な気が」


少し離れたところで、谷村は思案していた。


      (つづく)


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