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 それぞれの道


暖かい土曜日になったので、寧々と私は、河原で、寝そべっていた。

前を流れる川の音が、心地よい。

「春ね〜」

「そうだね」

「今年も春がやって来ちゃった」

「毎年のことだからね。あ、白い犬がやって来るよ」

「散歩かな」白い犬を連れた、若い男性。

大学生くらいの人かな。

「寧々のお兄さんに似てる」

「そうかな。あんなにカッコよくないよ」


白い犬を連れた男性が、私たちの前を通り過ぎる。

「いま、あの犬私たちの前を、大回りしなかった」寧々が云う。

「したね。こっちをチラッと見てから、離れて歩いた」


「犬にまで……」

「犬は頭がいいから、顔の識別が出来るのよ、きっと。仕方ないよ悠里」

寧々と私はため息をついた。


「そういえば、寧々はマスクを取らないの?鬱陶しくない?」

寧々は黙っている。

「何かあった?」

「やってしまった」


「やってしまったって、いったい何を」


寧々は、伏目がちになり、また、深いため息をついた。

話したくないのかもしれない。
私はそれ以上は何も訊かなかった。


「春休みに……」

ポツリと寧々は、呟いた。

「覚悟を決めて、親に相談した」

「相談……」

寧々は、頷いた。

「整形したいって」 

「せ……」


寧々は小学生の頃から、しゃくれ気味の顎を気にしていた。
実際、からかわれることも、日時茶飯事だった。

(お前って、アントニオ猪木みたいだよな)


自分で、どうにも出来ないことを、
笑いながら揶揄するって、何なんだろ。

相手が傷つくことが、楽しいから?

その傷が、どれほど深くても。

そんなこと想像したこともないんだろうな。


担任の先生に、相談しても、
「いちいちそんなことくらいで、落ち込まないでよ。メンタル強く持つの!判った」


【そんなことくらい】


先生はいいね。美人だし。

生徒に人気もあって。


けれどね、先生。毎日毎日、男女問わずに笑われて、指をさされ、わざと転ばされる女の子の気持ちが、
どんなものか、先生には、これっぽっちも想像出来ないんだね。



中学生になった今も、寧々は同じ目にあっている。

そして私も同じに。


私は身長が140㎝に届かない。

だけと、すごく太ってる。

亡くなったお爺ちゃんが、いつもたくさんのお菓子を用意してくれた。

私は一人っ子で、両親に溺愛されて育った。

父は毎晩、ケーキやフライドチキンを、お土産に買って来た。

大好物だったので、私はたくさん食べた。

その様子を、父も母もニコニコして見ていた。



そして、ある日小学校で「デブ」と云われたのだ。

「デブ……」


「えー!お前、自分がデブだって知らなかったの?誰がどう見てもデブでしょう」

すると、もう一人の子が、
「デブじゃなくて、大デブだよ。
相撲取りになれるくらいの大デブ」


「それに鼻は上向いてるから、ブタっ鼻だしな。デブでブスって最悪」


相撲取りになるくらいのデブ。

それにブス。

自分は幸せだと思っていた。

太っていても、家族に大切にされて、だから……。


あゝ、だから女の子たちが、わたしを見て、グスクス笑ってたんだ。

私は能天気だから、自分の容姿を、
笑われていたなんて、思っても居なかった。


私は、デブでブスで、そしてバカだったんだ。

それから私は寧々と、自然に友達になった。


いつも、寧々のことを、「可哀想だなぁ」と思って見ていた。

同じだったんだね。私も……。


寧々と私の違いは両親だった。

私は、可愛い可愛いと云われて育ったけど、寧々は逆だった。


父にも母にも
「女の子は顔が大事なのに、なんでこんな……」

「誰に似たんだ。俺の親族には、居ないぞ」

「私の親族にだったいないわよ!」

「俺の子なんだろうな」


「あなた!自分が何を云ってるのか、判ってるの!」

そういうと母は、外に出て行く。
泣きながら。

そんな光景を、寧々は幾度となく見て育った。

そして自分が、生まれてしまったことを悔やんだ。


川を見たら、1羽の白鷺がいた。

魚を狙っているのだろう。

あんなに細い脚なのに、白鷺は水に流されることもなく、ジッとしていた。


「整形で、顎の骨を削ってもらったんだ」
寧々云った。


「うん」

「期待してたのと、全然違った。お父さんに大金を出してもらったのに」


「……寧々、もし嫌じゃなかったら、マスクを取ってみて貰えるかな」

寧々は「悠里になら」
そう云って、マスクを外した。

「これ、失敗だよね」


「えー!どこが。綺麗になったよ。いいよ。とってもいい。良かったじゃない」

「ホント‼️悠里が云ってくれるなら、信じてもいいのかな」


「手術、成功してるよ。お父さんと、お母さんは何て云ってるの?」


「お母さんと、お兄ちゃんは、喜んでくれた。でも、お父さんは『あれだけの大金かけて、これくらいか?腕の悪い医者だったんじゃないのか」って。


私はお腹の底から腹が立った。

学校でも虐められて、父親には、冷たい言葉をあびせられて。
なんなの?

親子でしょうが。


私は直ぐにでも、寧々のお父さんに会いに行こうと思った。

でも……寧々のことを考えると、思いとどまるしかなかった。


「あっ、白鷺が魚をゲットした」

「よく、粘ったね。冷たくないのかな」


あ、あの人。

「さっきの人だよ。白い犬もいる。散歩を終えて、帰るんだね」

「こんにちは」
その人は笑顔で、挨拶してくれた。

私と寧々も、「こんにちは」と返した。


イヌは飼い主の後ろに隠れてる。


「こいつは人見知りな性格で、知らない人には特に怖がるんだ」


「それだけじゃなくて、人見知りな上に、犬見知りでね。嫌な気持ちにさせたら、ごめんね」


早く行こうと、犬が引っ張る。


「はいはい、もう行くから」
彼は。優しい眼差しで、犬を見た。


「本当は、走ってあげたいんだけど、僕の心臓が、生まれつきポンコツでさ。走るのは禁止なんだって。医師に云われちゃったんだ」


川で音が聞こえた。

見ると白鷺は、空を舞っていた。



私が、空を飛んでみたいな。
と独り言を呟いたら、


「飛べるよ。飛べる時は、キミにも来るさ」

私は彼の顔を見た。


「さ、行くよ」
そう云って白い犬と歩き出した。


いつか飛べる。

私は、どんな風に飛ぶのだろう。


「優しい人だね」
寧々の言葉を訊いた私は

そんな気がして

「うん」と云い、冷えて来た川辺を後にした。


      了































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