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つるまなくなった若者たち (街場の親子論 著:内田樹)

内田樹先生の「街場の親子論」より、つるんで遊ばなくなった若者たちについて言及があります。

最近の若い人って、あまり「つるんで遊ぶ」ということをしなくなったように見えます。
人と付き合うのが負担なので、あまり集団行動したくないという人が増えている気がします。
僕は若い人たちが他人とのコミュニケーションを負担に感じるようになったのは、共感圧力が強すぎるせいじゃないかと思っています。
もともと同質化圧力の強い日本社会にさらに「共感」とか「絆」とか「ワンチーム」とかいう縛りがかかっている。そのせいで、もう息ができないくらい生きづらくなっている。
そのサークルにおける自分の「立ち位置」というか「役割」というか、「こういう話を振られたら、こういうふうに即答するやつ」という「キャラ設定」が確定していないといけない。でも、これはすごく疲れること。


この本を読んで自分の生活を改めて振り返ってみると、そういえば社会人になってからは人とつるむ事は全くをもってなくなりました。

確かに、このキャラ付けがたまらなくめんどくさいからでした。
周りが期待しているような言動を求められる時がたまらなく不自由でして。
しかし、心の奥深くで思っていただけで、なぜ付き合いを断っているかの理由は自覚しておりませんでした。

そういえば、私は過去の人間関係をバッサリ切るタイプの人間です。ある程度の期間を過ごすとどうしてもキャラクターが定まってきてしまうので、その集団の中にいると自分の言動が抑制されてしまいます。

中高大の友達とは社会人になってから一切会っていません。2〜3年に一度会うくらいです。
また、会社の同僚ともプライベートは一切関わらないようにしています。結婚式も行くのを辞めました。

キャラ付けによる窮屈さから離脱するため、人間関係の断捨離を無自覚に進めていたのだと思います。
つるんで遊ばない人とはまさに私の事でした。そういえば妻もめったに友達と会っていないので、この手の人種の一人だろうと思います。

同質化圧力が低い社会では、我々はもっと社交的になれるのかどうか、とても興味深いです。


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