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3. 《interview》 シャイ・マエストロ (ピアニスト) 後編

オーケストラのプロジェクトは、昨年の夏に書き上げたばかり。文字通りマエストロに向かう第一歩として本人も力を入れているし、ファンとしても、順調に進んでいるのか、今後どんな予定なのか、気になって聞いてみた。


まだ育てているところ

ーオケのプロジェクトのほうはどう?進んでいる?

今は自分が生み出したオケの曲を育てている、というところかな。
幼稚園児がクレヨンでニコニコマークを描くと、親は手を叩いて喜ぶ。でもしばらくしたら、もっと顔らしいものを描かないと感動しなくなるでしょ。自分も自分の作曲したオケを初めて聞いた時は、うゎかっこいいと思えた。でも、次に聞いた時は全くダメだなと、いろいろ手を加えた。オケは自分にとってまだニコニコマークの段階だ。

オーケストラはアーティストが何十人もいるわけだから、いい演奏だと思える段階に持っていくのは相当大変。テクニック、ハーモニー、オーケストレーションなど全てのバランスがとれていなければいけないからね。それに、オケは何列にも座るから、実際に音を出した時の聞こえ方、音の奥行きも考えなければいけないし。あと4、5回ギグをしたらレコーディングをできるようになると思う。

ーそもそも、オケのプロジェクトを始めたきっかけは?

オケの作曲とドビュッシーの演奏をオファーされ、どちらも引き受けたんだけど、ドビュッシーは受けてすぐにシマッタと思った。自分にとっての音楽は即興だけど、クラシックは一音も間違ってはいけないからね。本番はすごく緊張した。同じ箇所を繰り返し練習する必要があって辛かったな。普段は何も言わないアパートの住人達から「止めてくれ」と苦情が来たよ(笑)。

日本ではどんな会場でもベストな演奏ができる

ーオケの作曲はどこかで勉強した?

作曲用のソフトがあるんだ。メロディを考えて、バイオリン、ビオラ、フルートなどの音を好きなように組み合わせていく。何も浮かばない時はキーボードを叩いて、少しずつ試していく。

教え子に譜面を清書できる子がいて、最後にうまく楽譜に仕上げてくれる。クレッシェンドなど必要な要素を加えたり、管楽器がブレスの途中でページを捲らなくてもいいように前後を調整したり。オケは新しくて興味深いことばかりだよ。

ーオケといえば、2019年、東京芸術劇場で挾間美帆さんの楽曲を東京フィルハーモニー交響楽団と演奏したけど、あの時はどうだった?

すごくよかった。美帆から渡された楽譜にはとても詳細に情報が記されていて、途中には即興のパートがあった。クラシックのピアニストは即興パートがあったら困ってしまうだろうけど、僕は大歓迎だった。あの時は、大ホールで2000人くらい入っていてね、着なれないスーツを着て、最初は少し緊張した。
でも、日本ではどんな会場でもベストな演奏ができている。

ー日本では何が違う?

いつも観客がとても静か。演奏家への理解がある。だから、自分達のペースで、少しずつじっくりステージを作り上げていくことができる。
実は、いま東京フィルハーモニーのために新たに作曲しているところ。今回は自分が演奏するわけではないけど、美帆が指揮者だからとても楽しみにしている。

環境は作曲に影響する

ーちなみに、作曲をする時のきまった環境ってある?環境はやっぱり作曲に影響するもの?
 
もちろん影響する。以前、フランスの城に一週間滞在して、そこで自由に作曲していいと言われ行ったことがあった。遠くに牛が見えて、羊がメーメーいって、山が美しく素晴らしい自然、いいワインにチーズ、まるで天国だよ。そこでのんびり過ごして作曲したんだけど、そこで書いた曲は、、、全くダメ(笑)。

生活(life)が必要なんだよ、ストレスもないといけないんだよ。何の軋轢もなく、現実からかけ離れた場所でいいものは出てこない。渋滞があって、家族から電話がかかってきて、という状況でこそ素晴らしいものが出てくる。

自分がこれまで書いた中でもいい曲と言えるものは、どれもピアノのサウンドがあまりよくないときにできたもの。自分が表現したい音や曲を何とかして出そうと苦労するから、自然とパワフルなものが出てくる。美しいピアノだと、すでに美しいメロディが耳に入ってきちゃうから深みが出ないんだよ。

ーある程度のストレスがあって生きてる感じがする、だったらイスラエルはいいんじゃない?

まぁね。パレスチナ問題があり、今日みたいにデモがあり、ストレス溜まって、それでベイト・ハアムディムに行けば、仲間がレベルの高い演奏をガンガン演奏していて、刺激も受ける。ここのジャズのコミュニティは本当に素晴らしくて、とても満足している。

コロナでテルアビブ へ

シャイはコロナの初期にNYからテルアビブへと活動拠点を移している。僕らにとってはシャイがテルアビブ にいてくれるのは嬉しいけど、キャリアとしてはNYにまた戻りたいと思っているのではないか。

ーCOVIDがなくてもテルアビブ に戻ってきたと思う?またNYに戻りたいと思う?

COVID前から少しずつテルアビブ で過ごす時間が増えて、自然と拠点が移った。10年NYで過ごしたことで、演奏したかった場所で、演奏したい人ともできた。達成感はあるよ。

またNYに行けば、それはそれで楽しいだろうけど、今は自分の家で、(横で寝息を立てていた子犬を差しながら)子育てして、パーソナルライフを大切にしていきたい。両親の近くにもいたいし、これまでキャリアのために犠牲にしてきたものを、これからは大事にしていきたい。

                                                      インタビュー中、すやすや寝ていたOogi

以前は犠牲にする価値のあったものが、今はそうではなくなったということかな。より良いアルバムのためにも、人生をもっと充実したものにしていきたいと思っている。NYはその人生の中に入っていない、もう必要ではなくなったということ。朝4時まで演奏して、昼頃起きてという生活も若かったからできたけど、今はもうできないし。

音楽家になりたいではなく、音楽をやりたかった

ー両親のことについて、もう少し教えてほしい。

母はシアトル生まれで、8歳で家族と共にイスラエルへ移住。父はイスラエル生まれ。マエストロは父の姓で、祖先はスペインにいた。1492年のユダヤ人追放でスペインからポルトガルへ、そしてサラエボへとたどり着いた。

父方の祖母はルーマニア出身、ブルガリアで生活していて、その後イスラエルへ。母方の祖母もルーマニアから移住者で、祖父はイスラエル生まれ。
親族のマエストロ家は意外とイスラエルに多いんだけど、サラエボでも他のヨーロッパでもマエストロ姓にはまだ会ったことはない。数年前、ツアー中にフランスのボルドーで「Chai Maestro」というカフェを見つけて、もしかして親戚かもとオーナーに聞いてみたけど、残念ながら関係なかった、店の名前には笑ったけどね。

ーマエストロは音楽ファミリーではないの?

母は少しクラシックピアノを弾いていて、父はサックスとかギターとかをやってはいたけど、音楽ファミリーというわけではなかった。

ーその環境でいつ音楽家になりたいと思った?

僕の場合は、音楽家になりたいというよりも、音楽をやりたかった。そこは他の人とはっきり違った。とにかく音楽がやりたかった。楽器を演奏することが楽しくて、サックスやドラムも少しはしたけど、はじめからピアノだった。

イスラエル人アーティストはジャズを身近に感じる

音楽家としてのキャリアを積み上げ、イスラエルのジャズシーンを代表するピアニストに成長したシャイ。これからのイスラエルジャズシーン、また自身の今後のキャリアをどう見ているのだろうか?

ー19歳から世界中を巡って、いろいろな音楽を聴いてきたと思うけど、イスラエルの音楽の特徴は何だと思う?

何より音楽のバックグラウンドが多様だよね。アラブ音楽、モロッコ、イエメン、エジプトなどからの伝統音楽があちこちにある。そして、結婚式でよく流れるようなハフラのリズムが文化のシステムに組み込まれている。同時に、ラジオからはマティ・カスピ(Matti Caspi)、ヨニ・レヒター(Yoni Rechter)(いずれもイスラエルを代表するミュージシャン)など、現代の素晴らしいアーティストの音楽が流れている。

テルマ・ヤリン(Thelma Yallin High School of the Arts)やコンサバトリオン(Israel Conservatory of Music, Tel Aviv) のような教育システムがあり、毎晩ライブが聴けるベイト・ハアムディム(Beit Haamudim)があり、イスラエルジャズの巨匠のベースのアビシャイ・コーエンやオメル・アビタルも身近にいる、そういう全てがこの小さな空間に集まっている。

そこに、物おじしない、ルールを打ち破る、そんな”フツパー精神”が加わる。自分のパートはあえて弾かないほうが良いんじゃないか、と他の国では受け入れられないようなことが平気で言える。

ジャズは、そもそも新しいものを追求する音楽。イスラエルは中東にある国だけど、アメリカ生まれのジャズの精神にぴったりあっているんだと思う。

ー若いアーティストがどんどん出てくるし、イスラエルのジャズシーンはこれからも興味深いけど、次世代育成に取り組んだりしていることはある?

もちろん、個人レッスンで教えているし、NYのNew Schoolでもオンラインで教えている。教育は重要だからね、素晴らしい若者も大勢いる。
イスラエルでは、素晴らしい演奏をするキッズは確かに大勢いる。イスラエルはレベルが高いことは間違いない。ただ、彼らにはインスタやネット上のインスタント・クラティフィケーション(即席の作品)に可能な限り抵抗してほしい。

自分で投稿した曲に「いいね!」をもらえると、目的を達成したように錯覚しがちだけど、ステージに上がって観客からの反応を得ながら音楽を創り上げていく過程は全く違うもの。もし自分が彼らの先生だったら、マーケティングも、「いいね」も、曲に対する周りの反応なども気にするな、重要なのはいい音楽を作り出すこと、いい音楽さえできれば何も心配するものはないと伝えたい。

アーティストとして、人として

ー音楽家として、人として、これからのビジョンを教えてほしい

先週のライブは全然ダメで、家に帰ってから落ち込んだ。イスラエルでのステージは、家族も友達も来ているし、いつも以上に意気込みがあるだけに落ち込む。だけど、最近は全てを前向きに捉えられるようになった。

以前は、パフォーマンスが全然ダメだと世界で最悪のピアニストなんじゃないかと落ち込み、逆に、最高のパフォーマンスだと手応えのあった直後は、世界の王に君臨したような気持ちにもなった。だけど、急に良くなったり悪くなったりはしないわけだから、どちらも極端。会場がよくなかったとか、観客の反応がよくなかったとか、いくらでも言い訳はできるけど、そういうことも言わずに、どちらも自分なんだと受け止められるようになった、そのことを自分は前向きにとらえたいと思った。

これからのキャリアとしての柱のプロジェクトは三つ。オーケストラ、シンガーとのドュオ、そして自分のカルテット。ドュオも面白いプロジェクト、カルテットはまた近くテルアビブでもやるから是非来てよ(5月24日にGray Club)。オーケストラは、ニコニコマークを成長させながら。東京フィルハーモニーの作曲もあるし、楽しみにしている。(Tel Aviv, 2023.1.14)

Shai Maestro
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