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深夜労働手当もつかない高度プロフェッショナル

 2019年4月1日から施行されている高度プロフェッショナル制度は、働き方改革関連法の1つです。

 この制度は、「高度の専門的知識等を必要とし、その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められる」業務に就く労働者には、時間外手当も法定週休日手当も深夜労働手当もつけなくていい、という制度です。

成立の経緯

① 裁量労働制

 裁量労働制は、労働基準法38条の3と38条の4に規定されている制度で、法で定めた業務について労使協定で「みなし労働時間数」を定めた場合は、その業務を遂行する労働者については、実際に何時間働いていようが、協定で定めた「みなし労働時間数」だけを働いたものと「みなす」ことができる制度です。

 対象となる業務の1つは、「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なものとして厚生労働省令で定める業務」です。
 研究開発技術者、情報処理技術者、記者・編集者、プロデューサー・ディレクター、デザイナーの他、厚生労働大臣が指定する業務です。弁護士や大学教授は、厚生労働大臣が指定する業務に該当します。

 もう1つは、「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であつて、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務」です。
 対象となる業務とそうでない業務の線引きが微妙であることが多いジャンルです。

 この制度の下でも、定めた「みなし労働時間数」が所定労働時間数を超える時は、それに対して割増賃金を支払う必要があります。

② 残業代ゼロ法案

 裁量労働制は、結局、みなし労働時間数を超えれば割増賃金が必要ですし、1日のみなし制ですので、高収入・自己管理型の高度プロフェッショナルには使いにくい制度です。

 そこで、2007年2月、自己管理型の労働者について、一定水準以上の年収と、一定日数以上の年休等を要件として、労働時間制限を適用しないこととする、いわゆる「残業代ゼロ法案」が要綱化されましたが、残業代をゼロとすることに対する批判が強く、法制定には至りませんでした。

③ モルガン・スタンレー・ジャパン事件

 東京地方裁判所で平成17年10月17日に出された判決(モルガン・スタンレー・ジャパン事件)は、労働時間の管理を受けず、年間数千万円の高額報酬を得て、自己裁量で働くトレーダーについて、時間外労働手当は基本給の中に含まれているから、基本給以上の請求はできないとしました。

 この判決が出た時点では、まだ、裁量労働制しかありませんでしたから、この判決は、立法を先取りしたようなものでした。

④ 働き方改革関連法

 その後、長時間労働による心身の健康問題とワークライフバランスに配慮しつつ、裁量労働制ではカバーしきれない職種に対応する法制度として、2018年に働き方改革関連法が国会に提出されました。

 その1つが、「高度プロフェッショナル制度」です。

 「高度プロフェッショナル制度」は、
 (a)労使委員会が設置された事業場において、その委員会が5分の4以上の多数決で、対象業務、対象労働者、「健康管理時間」の把握、休日の確保、働きすぎ防止措置、健康・福祉確保措置について決議し、かつ、
 (b)使用者がその決議を労働基準監督署長に届け出た場合は、
その労働者について労働時間、休憩、休日、深夜割増賃金の規定を適用しないことにできるという制度です。

高度プロフェッショナル制度を適用できる業務

 高度プロフェッショナル制度の対象となる業務は、

「高度の専門的知識等を必要とし、その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められるものとして厚生労働省令で定める業務のうち、労働者に就かせることとする業務」

です(労働基準法41条の2第1項1号)。

 対象業務の具体的な内容は、厚生労働省令(労働基準法施行規則)で定められています(労基則34条の2第3項)。もっと詳しい説明は、「労働基準法第41条の2第1項の規定により同項第1号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針」を見ていただけると良いと思います。

一 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務
二 資産運用(指図を含む。以下この号において同じ。)の業務又は有価証券の売買その他の取引の業務のうち、投資判断に基づく資産運用の業務、投資判断に基づく資産運用として行う有価証券の売買その他の取引の業務又は投資判断に基づき自己の計算において行う有価証券の売買その他の取引の業務
三 有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務
四 顧客の事業の運営に関する重要な事項についての調査又は分析及びこれに基づく当該事項に関する考案又は助言の業務
五 新たな技術、商品又は役務の研究開発の業務

 なお、職務の内容については、使用者が、①業務の内容、②責任の程度、③職務において求められる成果その他の職務を遂行するにあたって求められる水準等を記載した書面を当該労働者に交付しなければなりません。
 また、当該労働者が希望した場合には、これらの記載事項を記録した電磁的記録を提供することが必要です。

対象となる労働者の給与の額

 この制度の対象となる労働者は、1年間当たりの賃金の額が、「基準年間平均給与額」の3倍を“相当程度上回る水準”として労働基準法施行規則で定められた額以上である人です。

 つまり、その額は、1075万円です(労基則34条の2第6項)。

 1075万円以上の賃金をもらっている労働者にのみ適用されます。

健康は保てるか

 労働時間管理の対象から外れますので、働き過ぎには十分に注意しなければなりません。
 好きなことであれば、寝食を忘れて何時間でも没頭できるもので、たまたまその“好きなこと“が仕事だった、という人もいらっしゃるでしょう。“天職“というやつで、とてもうらやましい話です。ま、かくいう私も、仕事をしている時が一番ストレスのない状態なので、天職に就けているのかもしれません。

 しかし、これは、自分で選択した場合のこと。

 会社が労働者を使用している時に、「君は高度プロフェッショナルだから、寝食忘れて働いてね」と言って労働してもらうときには、その労働者が心身の健康を害する危険性があることを念頭に置き、そのようなことのないよう十分な配慮をしなければなりません。

 高度な職務を遂行できる優秀な人材を使い倒してだめにすることは、その会社にとっても大きな損失になり得ます。

 そこで、法は、以下のような措置をとることを使用者に義務づけています。

① 「健康管理時間」の把握(労基法41条の2第1項3号)

 対象労働者が事業場内にいた時間(労使委員会が、休憩時間や対象労働者が労働していない時間を除くことを決議したときは、その決議した時間を除いた時間)と事業場外において労働した時間との合計の時間(「健康管理時間」)を、厚生労働省令で定められた方法で把握する措置を当該決議で定めるところにより使用者が講じなければなりません。

② 休日の確保(同項4号)

 対象業務に従事する対象労働者に対し、1年間を通じ104日以上、かつ、4週間を通じ4日以上の休日を、決議及び就業規則等で定めた上で与えなければなりません。

③ 働きすぎ防止措置(同項5号)

 対象業務に従事する対象労働者に対し、次のいずれかに該当する措置を、決議及び就業規則等で定めた上で講じなければなりません。

イ 労働者ごとに始業から24時間を経過するまでに厚生労働省令で定める時間以上の継続した休息時間を確保し、かつ、第37条第4項に規定する時刻の間において労働させる回数を1箇月について厚生労働省令で定める回数以内とすること。

ロ 健康管理時間を1か月又は3か月についてそれぞれ厚生労働省令で定める時間を超えない範囲内とすること。

ハ 1年に1回以上の継続した2週間(労働者が請求した場合は、1年に2回以上の継続した1週間)(使用者が当該期間において有給休暇を与えたときは、当該有給休暇を与えた日を除く。)について、休日を与えること。

ニ 1週間当たりの健康管理時間が40時間を超えた場合、その超えた時間が1か月当たり80時間を超え、かつ対象労働者から申出があったときは、厚生労働省令で定めた項目を含む健康診断を実施すること。

④ 健康・福祉確保措置(労基法41条の2第1項6号)

 健康管理時間の状況に応じた当該対象労働者の健康及び福祉を確保するための措置であつて、当該対象労働者に対する有給休暇の付与、健康診断の実施その他の厚生労働省令で定める措置のいずれかを、決議で定めて講じなければなりません。

 

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