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物販との対峙。おじさんはベビーメタルで3度覚醒するvol.3

おじさんは大阪行きの終電に乗らなくてはならない。タイムリミットは残り10分になっていた。

再びハードロックに目覚め、一年がかりで無事にチケットを入手することができたベビーメタルおじさん。実は、ライブ会場でライブを観ること同様におじさんが楽しみにしていたことがあった。

Tシャツが欲しくてさ

チケットが取れてからというもの、アーティストグッズを買うことに、胸をときめかせていたのだという。「昔は好きなバンドのTシャツを着ていたりしていたんだけど、今はTシャツ自体も着てないくらいで」。おじさんはすっかりロックT、どころかTシャツとしばらくご無沙汰状態だったらしい。「記念に、Tシャツを買いたいなぁ、って。若者たちから『おじさんが買ってるよ』みたいな目で見られちゃうのかなとも思ったけど、やっぱり欲しいじゃない?  思い出だから」と、ずっとPCでツアーグッズを眺めていたのだそうだ。

覚醒ポイント2.物販を買う。そして、まとう

ライブを数日前に控え、おじさんは思った。「グッズを買うためには、開演のどれくらい前に会場に着けばいいのか、まったく見当がつかない」と。おじさんの性格を鑑みると、知人(特に若者に)にそれを聞くのが難しいことはよく分かった。なおのこと、「検索すれば分かるじゃないですか!」と私は思うわけなのだが、話を聞いてるだに、おじさんはこれまでにあまり検索にたよる人生を歩んできていないようだ。

「とりあえず会場に2時間前に行ってみたの。そしたら、もう長蛇の列でさ。それって普通なの?  驚いちゃったよ」。おじさんは繊細だけれど大胆だ。事前に調べるよりも、自分の勘や経験にたよって行動する。列に並んでいる最中に、ベビーメタルのファンが若者だけでないことにおじさんは気づく。

「あれ、僕みたいな年齢の人もいるじゃん!」

そこから物販の列を冷静に見渡し、「僕だけがアラ還なわけじゃない」と、どんどん心強くなっていったそうだ。

辛抱強く待ち、心に決めていたTシャツを無事に購入。大切にバッグにしまいこみ、いざ、ホール内へと向かう。「あれ、Tシャツ、着なかったんですか?」と私が聞くと、

「そうなんだよ。そこなんだよ!   買うまでは想像してたんだけど、着ることはその時までまったく想像していなくって!」

ショーゲキな返しであった。そして、おじさんは続けた。

僕もTシャツを着たい

そう強く思ったのだそうだ。「周りを見たら黒いベビーメタルのTシャツを着た人ばっかりでさ。なのに、なぜ僕はバッグにしまってんだって。ここで着られなかったら、いつ着るんだよ!って」。自分でも気持ちが昂ぶったのが分かったらしい。

おじさんはここで2度目の覚醒をする。

どうやら大阪城ホールの近くに住んでいるらしいおじさんは、「俺の庭みたいなもんだから」と言うわりに、その日までジョウホール(大阪城ホールをジョウホールと略すことを私はこの時初めて知った。ツウになると“ジョウホ”って略すのだとおじさんは言っていたが本当だろうか?)でライブを観たことはなかったのだそう。「でもさ、散歩コースだから、分かるわけよ」とおじさん。「何が分かるんですか?」と私。

「着替えてもいい植え込みがどこにあるか分かるのよ」

だそうである。人通りからは見えない死角が分かるのだと誇らしげなおじさん。「ホール内のトイレじゃさダメだろ。入場ゲートはベビーメタルTシャツを着てさ、くぐらないと」。おじさんは、植え込みの影で、買ったばかりのベビーメタルのTシャツに着替え、その時、着ていたシャツをバッグにしまいこんだ。

恋しさと せつなさと 心強さと。なんだ、この成長物語は!  

タイムリミットは残り5分。おじさんは時間を気にしながらも、遂に会場入りを果たした自分の話を続けた。

vol.4へ続く



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