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【最近のお仕事】僕は、正しく傷つくべきだった

映画『ドライブ・マイ・カー』の主人公・家福は、妻を失った後、最終的に「僕は正しく傷つくべきだった」という境地にたどり着く。ライター西森路代さんに映画評を寄稿いただき、記事がTwitterで拡散し、さまざまなコメントが寄せられた。

セルフケア、家父長制がテーマの映画

「傷つくことに正しさなんているのかよ!」と、(ジェンダーで区切って語ることは的確ではないかもしれないが)主に男性とおぼしきアカウントから非難のコメントが多く寄せられた。

家福がたどり着いたことは、自分の心に目をむけ、つらいことをつらいと自覚し、ときには人に委ね、それらを繰り返しながら、この先も生きていくという境地になるということであった。それは、男性がセルフケアを手に入れる過程ととることもできるだろう。

その後、『ドライブ・マイカー』と絡め、マーヴェル制作の『シャン・チー』についてもご寄稿いただいた。

この映画を見ていて、有害なのは「男らしさ」ではなく、何かつらいことや受け止めきれないことを体験したときに、その感情を見つめず、負の感情を暴力に変え、その原因となったものたちに戦いを挑み、打ち負かすことで鎮めようとすることではないかと思った。

タイトルに「家父長制」というワードを入れることでのハレーションを事前に身まがえていたが、やはりTwitterのコメント欄ではたくさんの非難コメントが飛び交った。

これが現在地なのだ、と深呼吸した。

間違いを認める勇気と努力

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VOCE12月号のメンズ美容企画を担当した。カバーには、EXITのりんたろー。さん。この人選にはたくさん意見があったものの、私の中ではりんたろー。さんの一択だった。

連載「りんたろー。美容道」を担当した一年余り。その間に彼にはいろいろなことが起こった。批判にさらされたことも多々あった。中には迂闊すぎる間違いや勘違いもあったと記憶している。彼は、その度に何が起こってしまったのかを振り返り、深く反省し(そして、反省し続け)、もっと自分にはいろいろな視点、言葉が必要だと気づいては学び、再び立ち上がる姿勢をやめなかった。

時代の荒波の中で傷つきながらもどうにか変わろうと努力し、その自分をエンターテイメントの世界でさらし続けている人をフィーチャーすることの方が、より強いメッセージとなるのではないかと考えた(もちろん間違いが存在した以上、それに対する反省や配慮を怠らないようにする不断の努力は必要だ)。

「キレイになる」は決して見た目の変化に限りません。自分のことが好きになれたり、前向きになれたり、元気になれたり……「そんなマインドの変化も後押ししたい」と『VOCE』は考えています。

そして、はからずしも彼は藤森慎吾さんとの対談で、以下の言葉を発した。現在は主に女性が向き合っている「美容」を通して彼は内省し、男性社会の抱える問題へと思考をはしらせていた。

「美容って基本的にはすべて自分自身のことじゃないですか。だから、悩みが自己責任に直結しちゃう。男性は、自分に無頓着なふりをしているだけというか、悩みを一人で抱え込む人が多いような気もします。(略)美容と向き合う男性が増えたら、美容まわりのことだけじゃなく、悩みのカミングアウトもしやすくなるのかもしれないですね。抱え込むのも、強がるのも違う。なんか、もうそういう時代に入っていきそうな気はしています

「いたわり」のレッスンとしての美容

今年の春からメンズメイクの漫画の連載を始めた。メンズメイク入門を原案にしたコミカライズについて本格的に動き出したのは、昨年のちょうど今頃の時季だったかと思う。

「僕はメイクしてみることにした」の主人公は、38歳独身の平凡なサラリーマン・前田一朗。ある日、自分の疲れ切った顔とたるんだ体を目の当たりにしてショックを受けた一朗は、メイクを始めてみることを思い立つ。

この作品について書かれたブログを見つけた。伝えたかった思いをていねいに掬い上げていただいており、「本当にコミカライズしてよかったなぁ」としみじみしてしまった。

なにを補いたいのか、なにを優先したいのか、どういう顔になりたいのか。それを知るには繊細な言語化が必須だ。自分をケアすることは、自分という人間の解像度を上げることに他ならない。
メイクにレッスンが不可欠なように、自分を大切にするにもレッスンが要る。「こうなるまでなーんもせずに放っておいた」一朗の肌が日々のケアで美しくなったのだ。「有害な男らしさ」の檻を壊すのに、遅すぎるということはきっとない。

男らしさと資本主義

原案となったメンズメイク入門の著者・鎌塚さんの現代ビジネスへの寄稿の下記の指摘にはドキリとさせられるものがある。

真面目な男性ほどセルフケアが下手なのは、一生懸命周囲に合わせようとするからだと思います。つまり、男らしさと資本主義は結びついているのですね。だから、メンズ美容の広告でも「デキるビジネスマンのバレない時短メイク」「取引先に好印象」といった表現が出てきます。

そんな鎌塚さんが1年間メンズメイクをしてみて行き着いた思考はたいへん興味深い。

私は、自分にこだわりすぎず、自意識から自由になりたいと思います。そんな「自意識に思い悩まないためにする美容」ならば、これからも続けていけそうです。それは美しくなるためではなくて、生きるのを楽にするためのもの。だから私にとっては、「美容とは自分自身から自由になるための技術である」と言えるでしょう。

2021年10月31日 午後2時

今日は衆議院選挙の投票日だった。あと数時間後には審判は下る。コロナ禍の只中、「政治と日常は地続きなのだ」と痛感する日々が続いている。

私は、そして、私たちは正しく傷つくことができているのだろうか。




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