ハードロックとの再会。おじさんはべビーメタルで3度覚醒するvol.1
そのおじさんとはカウンターに6席だけの京都の小さな店で出会った。アーティストを追っかけて京都入りし、ライブ後、ホテルに向かう途中で立ち寄った飲み屋だ。
おじさんはその店の常連で、すぐに「どっから来たの?」と話しかけてきた。ライブを観に東京から来たことを告げると、「それはいいことだ」と言い、自分は大阪から京都に通勤していて、金曜日の夜だから終電ギリギリまで飲もうとしていると、私に言った。
ユーミンは荒井派
店では竹内まりやのベストがかかっていた。「さっきまでは中島みゆきをかけていたの」とママは言った。おじさんは、「荒井由実じゃなくて良かった」と言い、荒井由実は若い頃の失恋を思い出してつらくなるのだと言った。当時付き合っていた彼女はユーミンのアルバムがリリースされる度に変わっていたらしい。
僕はアルバム『REINCARNATION』でユーミンを卒業した。
「派手なショーをやるようになって、気持ちが離れていったんだ」とおじさんは言った。おじさんの中では、ユーミンは松任谷ではなく荒井なんだそうである。
ハードロックとの別離
「で、ユーミンから誰に移ったんですか?」と聞いた私に、おじさんは「いやいや違う。ユーミンは当時の恋人と聞いていた音楽で、僕はハードロック好きだったの」と声のトーンがいちだん上がる。
レッド・ツェッペリン、ディープパープルが青春。その後は、プログレ、たとえばピンク・フロイドにハマったらしい。
その後、ニューウェーブやパンクの波がやってきた。おじさんにとっては彼らの音や歌唱がとても軟弱に聞こえたらしく、「違う、そうじゃないんだ!」と憤ったのだと言う。時同じくして社会人となったおじさんは、そこからすっかりハードロックとは疎遠に。
ハードロックってうるさいから。
その後結婚をしたら、音楽を聴く時間や場所は完全になくなったらしい。そして、おじさんはハードロックのない生活を何十年も送る。
イヤフォンとの出合い
そんな時、おじさんはあるモノと出合い、再び音楽生活が甦る。おじさんは、「僕は、素晴らしいヘッドフォンに出合ったんだ」と言いながらレザーのブリーフケースからカウンターの上にそれを出した。
イヤフォンであった。
「このヘッドフォンなんだ」と嬉しそうなおじさん。私は「これはイヤフォンですよ」という言葉を飲み込んだ。
23000円もしたんだよ!
メーカー名を聴いても聴いたことのない、かなりマニアックなメーカーであった。ストレオ、オーディオ雑誌を読み、ニマニマとイヤフォンを物色していたおじさんが目に浮かぶ。
「耳につっこむとさ、音漏れしないのよ。で、見て、このコードの太さ。太さはね、音の情報量が多いってことなのよ」…とにかく嬉しそう。蘊蓄を並べ立てるおじさんは得意ではないが、なぜだかずっと聞いてられる。
「これがあれば、電車の中や家で思い切りハードロックを聴けるなぁって。このヘッドフォンを買ってね、また、ハードロック聴き始めるようになったんだ。また、昔の作品を買い直したりしてさ」
200枚くらいCDを買ったんだ。
そう言われても「ストリーミングサービスって知ってます?」「Bluetoothって知ってます?」と聞く気は起きなかった。おじさんは、当時と違わない音質や音楽体験を求めている。レコード会社は、こんなおじさんのためにデラックス盤や紙ジャケ盤など、衣装を変えて盤を出し続けているのだなぁ。
きっと、こんなおじさんが日本中にたくさんいるのだ。
日本のおじさんたち
おじさんは大阪への最終電車を気にし始めた。
「大丈夫、まだ、あと20分ある。でも、どうしよう。楽しくなってきちゃったな」と言うと、ママに「また、終電なくしてホテルに泊まることになっちゃうわよ」とおじさんはたしなめられた。「こんなに音楽の話できるなんて楽しいやん」、そう言っておじさんは、また、焼酎のお湯割りを注文した。ママも「じゃ、私もいただいちゃうわよ」。「なんやねん!」、そうツッコミながらおじさんは嬉しそう。「いただきます」とママがグラスをおじさんに向けた
乾杯!
ふたりはその日、何度目かの乾杯をする。
そう、まだ、ベビーメタルは出てきていない。
vol.2へ続く
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