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シロガネ・トライアド 2

地球泥棒を追え! ②


「シロガネとは何だね」

 機械巨人の放つ声は、一郎の左手からも聞こえて来た。小手と一体化したプレートに、通信が繋がっているのだ。

「名前だよ、オマエの」
「先程赤子規せきしきと名乗った筈だが?」
「その姿の時の名前だよ。正式名称はやたら長いし、赤子規ロボなんて呼ぶ訳にもいかないだろ」
「成程」

 納得した戦闘形態の赤子規、もといシロガネは、立ち上がった敵機へと向き直る。
 ビャグザ。
 それがあの機体の名前だ。二重環惑星連合で広く運用されているパルス・トレーサー。パイロットはいない。制御は遥か遠方から、暗号回線越しに行われているのだ。

「もう一つ質問だが」
「何だ」
「なぜシロガネなんだ?」

 一体、二体、三体。
 はるか上空、成層圏の上から飛来した新たなビャグザが、シロガネの前に着地する。道路、車両、住宅。遠慮なく踏み潰す。

「そりゃあ、さっき月面見せられたからな。銀色の」
「成程。シンプルな理由だな」

 マシンガン装備が二機、マス・ロッド装備が二機。前衛と後衛に分かれたビャグザ達は、四機全てが脚部スラスターを起動。地表を滑るように移動開始。

「俺からも質問というか、さっきと同じ確認なんだが、良いかよ」
「良いとも」

 前衛、二機のビャグザがマス・ロッドを構え、同時に突っ込んで来る。狙うはシロガネ。疑似重力により外観以上の質量を備えたマス・ロッドの一撃は、コンクリート壁なぞ容易く砕く威力を備えている。

「二重環惑星連合と、デルタ星雲統一知性群。二つの陣営は基本的にいつも揉めてるが、殊更それが激しかったのが「地球に何かあった場合どうするか」についての取り決めだ。テルストロン……両陣営のエネルギーを賄ってる訳だからな」

 対するシロガネも黙っていない。背部スラスターを開放し、前衛右側のビャグザ目掛けて突撃。マス・ロッド刺突を旋回回避、敵機の左側面へ回り込む。その時には既に降り抜いている。右腕、展開したブレードを。

「で、最終的に「地球のトラブルは地球人に解決させる」って結論になった……いや、理屈は分かるさ。コトはエネルギーの問題だ。片方の陣営が介入すれば、もう片方が黙ってない。なら中立の第三者にやらせるのが、角が立たない」
「まあデルタ星雲統一知性群の私がキミに接触した事で、既に少々の角は立ってしまっているのだがね」

 ずるり、と右ビャグザの上半身が斜めにズレて倒れる。ブレードによる切断だ。それを成したシロガネは奥のもう一機を狙う選択肢を、即座に却下。代わりにバックステップで間合いを放す。
 直後、シロガネの頭部があった座標を光弾が焼いた。地球に存在しないエネルギーによる銃撃は、後方に待機していたビャグザ二機のマシンガンによるものだ。
 銃火に追われるシロガネは、素早いブーストと鋭角のターンを繰り返して回避。踏み込みからのブレード斬撃を狙う。

「仕込みは地球時間で、一千年くらい前に行われた。全世界、ランダムに選んだ数千人の遺伝子を改造。こうした者達の子孫へ緊急対応用のプレートを渡せば、地球のエネルギー、テルストロンを使って防衛を行う戦士の誕生って訳だ」
「そうだ。より正確に言えば、その防衛理念及び戦力代行として、地球へ侵犯した側とは逆の勢力が戦士と接触する事になっている」

 一撃、二撃、三撃。素早い連撃に対し、ビャグザはマス・ロッドと肩部装甲を用いて防御。だがシロガネの左手からも展開したブレードによる四撃目が、ビャグザのマス・ロッドを右上腕ごと切断した。
 続くトドメの一撃を、しかしシロガネは振るえない。左右から高速移動でマシンガン装備ビャグザが回り込んで来たからだ。

「つまり、それが私だ。デルタ星雲統一知性群から派遣された、な」

 こうしたやりとりは音声ではなく、プレートを介した精神感応通信によって無音、かつ高速で行われている。そうでなければ戦闘中に情報交換なぞ出来る筈もない。

「ところで、そろそろ操作にも習熟しただろうし私の武器を出してくれないか。ブレードだけでは流石に心許ない」
「ああ、分かってる。それにしても」

 精神感応によるコマンド入力をプレートへ送りながら、一郎はぼやく。

「地球を超越した凄まじい技術力なのに、やってる事は要するに間に合わせと責任転嫁だよなあ」
「その辺は知識を持った生物が大なり小なりぶつかる根本的な問題だな」
「意外と世知辛いなあ宇宙」

 そうした他愛ない雑談の合間に、シロガネの額部装甲が展開。内部から投射される光は、シロガネの頭上で塊となって静止。ビャグザの射撃を跳躍回避しながら、シロガネはそれに左手を突っ込む。掴む。
 爆ぜる光。その内部から現れたのは盾と言うか、鉄塊であった。一郎によって呼び出されたシロガネの追加装備である。
 鉄塊ごと空中で一回転したシロガネは、遠心力とスラスター推力を用いて急角度急降下。反応が追いついていなかった片腕ビャグザ目掛け、鉄塊を叩きつける。
 轟音。
 迸る衝撃波が、周囲の窓ガラスを叩き割る。
 次いで爆発。こちらは叩き潰されたビャグザの断末魔だ。

「複合武装システム、タワー。これが無くてはな」

 その名の通り塔《タワー》の如く聳え立つ鉄塊を背に、シロガネは残り二機をセンサーで確認。またしても左右、挟み込むような動きだ。ただし今度は片方が左側がマス・ロッドを展開している。連携でカタを付けるつもりか。
 だが、最早甘い認識だ。
 シロガネの制御下、タワーはふわりと宙に浮く。中央から分割し、変形する。かくて現出したのは、シロガネのそれよりも一回り以上は巨大な、一対の腕であった。
 シロガネの肩部エネルギーアンプによって無線接続されるそれらは、重力を無視して本体の左右に浮遊。堅牢な上腕及び肩部の装甲で、左ビャグザの射撃を難なく受け止める。同時にその裏側、右タワーの上腕内側装甲が展開。迫り出す銃把をシロガネが引き出せば、現れるのは巨大な回転機関砲。右タワー装甲の段差を銃座代わりにし、シロガネは容赦なく発砲。己を上回る弾幕に晒され、左ビャグザは蜂の巣となって吹っ飛ぶ。

「あと一機」

 シロガネが振り向けば、今まさに突撃を敢行するビャグザの姿。シロガネの顔面を狙い、槍じみて突き出されるマス・ロッド。
 その先端を、左タワー腕の装甲は正面から受け止める。やすやすと。重力制御による一時的な質量増大、それによる莫大な衝撃が発生するロッドの一撃を、だ。
 つまりそれは今、タワー腕がマス・ロッド以上の重力制御を行っているという証左であり。

「これで、終わりだ」

 かくてシロガネはタワーの鉄拳を、ビャグザ目掛けて叩きつける。地球の文明レベルでは再現どころか構想にすら至らない強度の装甲は、しかし容易く弾け飛んだ。
 爆発。シロガネのカメラアイ越しにそれを見ながら、一郎はしかし息をつく。

「だが、何も終わってない」

 プレートを操作し、ホロモニタを展開する一郎。立体投影される画面内に映るのは、今いる宙域の概略図だ。
 まず、中心に半分に割れた地球。それを取り囲むのは、今まで見た事も聞いた事も無い星系やら星雲やら。
 それら以上に目を引くのが、地球を取り囲む巨大な二つのリングだ。
 大抵の惑星よりも巨大なそれらは、一見すると公転軌道を示す線のようにも見える。
 だが違う。それは宇宙人達が技術の粋を集め、造り上げた巨大装置なのだ。
 そしてその装置の名を取って、この宙域に住まう種族はこう自称している。
 二重環惑星連合、と。
 そんな象徴のリングの中心に、今、一郎の立つ半分の地球が浮いているのだ。

「どうすりゃ良いんだよ、この状況」

 モニタと目を閉じながら、一郎は途方に暮れた。

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