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シロガネ・トライアド 4

地球泥棒を追え! ④

「ううむ」

 こつこつと、一郎は踵で水面を打ち鳴らす。
 そう、水面だ。地面ではない。赤子規を伴って外出した彼は今、赤道直下の太平洋上に立っているのだ。
 一郎達を中心とした、半径約三メートルの海面。その範囲だけが動きを止め、足を支えてくれているのである。

「これも赤の機能の一つ、って事か」
「そうだ」
「ここまで来たワープゲートも、ついでに昨日月に繋がったアレも」
「そうだ」
「改めて思うんだけどさ」
「何だ」
「どこでも行けるドアって、スッゲー便利だな」
「別にドアが必要と言う訳ではないのだがね。地球人のキミにも理解しやすいよう、ワープゲートをあのように設置していただけだ」
「ふぅん」

 見回す一郎。

「で、ドア以外の場所に設置すると、こうなる訳だ」

 近くは数歩手前から、遠くは成層圏、及び水平線の向こうまで。
 普通の地球人では如何なる手段を用いようと、観測も知覚も不可能である、巨大なエネルギーの壁。日付変更線の少し東に陣取り、今も地球全体を包み込んでいる、超巨大ワープゲート。
 それを今、一郎と子規は目の前にしていた。

「物理的に切れてはいない。が、この門が地球そのものを包み込んでるお陰で、宇宙からは疑似的な輪切りに見えてる訳だ」
「そう言う事だ」
「この向こう側の地球は元の座標、太陽系の周回軌道上にある。だから今から地球へ何かするんなら、向こうから来た方が手っ取り早い」
「二重環惑星連合において名の由来となった二重環の近傍、特に内側は神聖な領域とされており、おいそれと侵入出来る所ではない。政治問題のみならず、連合系メディアの目まで大いにそちらへ向いている以上、余程の建前が無ければ強行突入すら出来まい」
「その点、太陽系側にある地球は問題の星と地続きながらほとんどノーマーク! そちらへ調査に来た二重環惑星連合の者がいるなら、その者は判断が早く優秀、協力関係を結ぶに相応しいという事ですね!」

 その時、ゆらりと。
 何の前触れもなく、巨大ワープゲートの向こうから、彼は現れた。
 少年、だろうか。背丈は一郎より頭一つ低く、髪は金色で瞳は紫色。ダイバースーツのように体のラインが見える服には、要所を保護するプロテクターが装着されている。二重環惑星連合仕様の宇宙服だ。それも相当に高級な。

「いやはや流石は当代の地球守護者ですね! お目が高い!」

 満面の笑みを浮かべる少年は一郎の前へ歩み寄り、ずいと手を差し出した。

「……まあ、その通りなんだけどさ。ここまでガツガツ来る相手ってのは、ちと想定してなかったな。俺は遊馬一郎だ、よろしく」
「ええ、ええ! よろしくお願いいたしますとも!」

 少年の手を握り返す一郎。その隣で、子規は硬直していた。

「な、に」
「ははッ。デルタ星雲統一知性群の方も、驚きの感情を持っているんですね。それが分かっただけでも馳せ参じた甲斐があると言うものです」

 人懐こい笑顔を崩さない少年。だがどうやら只者ではないらしい。一郎は子規に聞いた。

「赤、知ってるのか?」
「ああ、知っている。彼は――」
「おーっとぉ、今名乗りますよ。大事な自己紹介なんですから水を差さないで下さい」

 言って一歩下がった少年は、一郎へ優雅に一礼する。

「という訳で申し遅れました。僕はティルハ・ジナード・アクンドラ。二重環惑星連合から来た、しがない商家の三男です」
「そうなんだ」
「騙されるな一郎。連合の中でも上から数えた方が早い巨大財閥を、普通はしがない商家とは言わない」
「そうなんだ」

 首を捻る一郎。ティルハの肩書きまでは流石のプレートにも含まれていなかったのである。

「なんか知らんけど、要するにすごいお金持ちって事だろ?」
「端的に言えばそうですね」
「凄い、なんてものではない。彼のポケットマネーだけで地球の国が幾つ買えるやら」
「えっ」
「心外ですねえ。どうせ買うなら国どころか星そのものを買いますよ」
「ええっ」

 後ずさる一郎。入れ替わり、子規が一歩前に出る。

「それで? キミが遊馬一郎の協力者に名乗り出ると?」
「ティルハ・ジナード・アクンドラです。長い名前なのは仕方ないですけど、覚えて頂けるとありがたいですねえ。そして、協力に関してはその通りです」
「つい先日、キミが属する二重環惑星連合で使われている兵器、ビャグザと戦闘になった我々と、か? 正当性が見当たらないな」
「はっはっは。正当性、と来ましたか」

 ここで一旦、ティルハは言葉を切る。
 冷笑と共に、子規を見据える。

「それはこちらのセリフです。デルタ統一知性群が何をしたのか、知らないとは言わせませんよ」
「……? 何の話だ」
「あッハ! 流石は銀河を飲み込む群体のお方だ、とぼけ方も実にダイナミックでおられる。ならばお見せしましょう、証拠をね」

 手首部のデバイスを操作するティルハ。光が投射され、浮かび上がるホロモニタ。
 映っているのは氷の平原。南極だろうか。どこまでも広がる白い大地。その只中に立ち尽くすのは、天を衝く塔のような一台の装置。つるりとした外装に時折葉脈のような光が走るその異様は、明らかに地球外の技術による産物だ。

「これは?」
「これは」

 同じタイミングで同じ言葉を発する一郎と子規。思わず一郎は子規を見た。

「何だ? 知ってるのか赤」
「知っている。これはワープゲート発生装置の、端末だ」
「端末?」

 もう一度モニタを見る一郎。正確なサイズは分からないが、少なく見積もっても住んでいたアパートより大きい。

「宇宙にはこんなデカいBluetoothがあるのか」
「ハハ、そう言う事ですね。そのBluetoothですが、無線で繋がっている本体共々、デルタ星雲統一知性群で開発された代物なのですよ」

 しれりと言うティルハ。

「……。えっ」

 その意味を理解するのに、一郎は少し時間がかかった。
 それは、つまり。

「赤子規。お前んトコで作られた、って事になるらしいんだが?」
「そうだ、残念ながらな」

 モニタを注視したまま、子規は腕を組む。

「最も、この映像が偽物である可能性も捨てきれないが」
「あー、それも確かに正しい懸念ですね」
「自分で出した証拠にそんな評価しちゃうのキミ」
「どんな情報だろうと、まずは疑ってかからないと判断を誤りますからねえ、大抵の場合。そもそもの話、この映像自体が十二時間ほど前のものですし」

 子規は、片眉を上げた。

「ああ、成程な」
「何が」
「おかしいとは思っていたんだ。二重環惑星連合でも指折りの財閥の御曹司が、独断行動中かつ仮想質量体とは言え、何故たった一人で現れたのか、とな」
「仮想質量体? なに?」
「僕やシロガネの身体と同じだ。エネルギーを変換した仮想の質量に、意識だけを乗せて遠隔操作しているのさ」
「よくわからんけどすごい事をしてるっぽいのは伝わった」
「ハハハ、慧眼ですね。流石は地球へ派遣されるだけの事はある。話が早くて助かります」

 ここでようやく、ティルハの顔から笑みが消えた。

「なので、単刀直入にお話ししましょう。僕と部下の者達は、攻撃を受けました。このため、南極から身動きが取れないのです」
「それは大変だな」
「でしょう? そして、もう一つ大変な事があります」
「何だね」
「この星の時間で、あと十二時間十分。それを過ぎた場合、地球は崩壊します」

 それからさらりと、破滅の予測を言い放った。

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