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夏の亡霊

(「夏の記憶」の続き)

あの夏の事は正直あまり覚えていない。思い出すと叫び出してしまいそうで、語る事すらできずにいる。

「現場」に似た場所に行くと今でもパニックになる。思い出すような出来事があるといつも希死念慮に苛まれる。今はもう遠い昔だけど、私の中にはどこかいつもあの夏があって、日々の様々な場面で顔を覗かせ、隙あらば何度でも私を殺しに来た。

 そんな夏の事を、私はこの前まで「成長の原体験」だと認識していた。典型的な心的外傷後回復の例であり、むしろ自分にとって誇れるものだと。

 そんな訳がなかったのだ。まだ口に出す事すらできないのに。

 私はずっと、あの夏に捉われたまま一歩も動けていなかった。だからこそ「こんな惨めなままで死にたくない」と必死に、強迫的なまでに己の成長や意味を求めていたのだった。


 亡霊だった。
 自分が亡霊である事に気付かないまま26年間も過ごしてしまった。あまりに幼い頃からだったので、それが自分だと勘違いすらしていた。


 あの夏から動けないまま、あの夏から逃げようともがくだけに命を使い、そのために沢山の人を傷つけて多くのものを失った。そんな事にすら気づけないばかみたいな26年だった。ばかみたいだねと笑ってくれる人は、全部自分で呪い壊してしまった。

また頭が痛んだ。体だけは実態を伴ったまま、私の心は何も生き抜いておれなかった。

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