エラー音

 無職が終わったので、ネタバレシートに代えて。

 今回の曲が何だったのかはこの記事の最後方に記載するとして、ひとまず回顧から始めようと思う。
 制作の実効的な日数は僅か二日ちょいだった。というのも、九月の末に新型コロナウイルスによりばったり倒れた病床の上で、時間が出来たぞとばかりに作った曲なのである。当時は意識も朦朧としていたし、なにより若干音の聞こえが変化していた中での制作だったため、完成品のある今でさえ「これは本当に自分が作ったんだっけ」という気分でいる。
 歌詞自体は半ば自戒を込めて九月の中頃に書かれているので、意図自体ははっきりと記述できる。無職ということで、日頃書かない方向性の文脈を載せたかった、というのが基本理念となっている。端的に言えば「ただ凄そうに聞こえるだけで感動したと思い込んでいないか?」というところに文脈をフォーカスしたのである。
 本来、作品を通して得られる感動はもっと複雑で微細な質感を幾つも帯びていると思う。のだが、近年はそれら作品から得る感覚は、圧倒感というものが大きく支配してきたような気がする。物量や劇薬的演出など、人の持つ感情の機微の妙味を差し置いて、脳内でエラー音が鳴るような「奇怪さ」「難解さ」「理解不能性」に訴えかける前衛的な作品の台頭がある。勿論、それらは悪いことではないし、私も好きだったりする。
 しかし、古典的楽曲の持つ情緒、定番的なフレーズの持つ普遍的な良さ、余白や適度な間隙が生み出す有機的な味わいが徐々に古臭くて時代遅れなモノとして排されつつある、と他方で感じたりもする。もっと前衛的で刺激的な、有り体に言えば味の濃いものが増えていき、それらに対して咀嚼する行為を次第に忘れていき、感想は次第にエモさや凄さにのみ言及するような抽象的な定型文に置き換わる……などといったディストピアが(流石にそう露骨に表面化はしないとは思うが)すぐそこに迫っている気がする。
 そうして大した咀嚼もせずに、さも感動を享受したような素振りをしながらも実際的には「凄く感じたか否か」で思慮判断を下すような状況を、少なくともその傾向が見え始めた己もろとも皮肉に宛ててやろうという趣旨の元で歌詞が書かれている。その上、そんな皮肉の対象になるような編曲が為されており、言っていることの割には曲調は情緒の欠片もない「なんかすごそうなやつ」に落ち着けている。結果的に、タグにはそんな凄そうなヤツの代名詞たる「感性の反乱β」がついているので、見事に皮肉な状況がするすると巧いこと成立しているのだった。
 そんな「何か凄そうでいい」という平べったい感覚に対して、「感情単位で不明瞭」「感情未満の思考法」「簡単に鳴り出すエラー音」「反商業主義が無礼講」等々……なかなかにボロクソに言った挙げ句、タイトルまでその揶揄に宛てられているという散々な作品なのである。そんな作品なので、願わくばよく分からないと一蹴するようなコメントが付いてくれればよかったり、ボコボコに埋もれてもっと深みのある作品が上位に登ってくれればいいと思っているが、少なくとも前者側の望みは執筆時点で叶いそうにはない。

 さて、ここで曲の立ち位置について補足しておこうと思う。

 こちら統計部のデータを元に、立ち位置を照らし合わせてみる。
 一日数度、再生数、コメント、いいね、マイリストの状況を確認したが、開始から執筆時点まで全ての数値が上位20%周辺を漂っていた。再生数、コメントについては20%よりやや低いところにあったが、いいね、マイリスト自体は20%をやや上回る位置にあり、再生数の割には評価がやや高いことが伺えた。再生数に対してのいいね率は常に10~12%周辺を漂っているが、指標としてより強く機能するのはいいねに対してのマイリスト比率である。いいね:マイリストが2:1以上の比率になると、非常に信頼に足るクオリティと作風が担保されている、と私は日頃感じており、故に今回のdigは敢えてその比率以下の良曲を探そうと試みたりした。さて、今回の作品はといえばいいね:マイリストの比率は常々やはり2:1以上であった。高評価である。ありがたいにはありがたく、無色透名祭全体で見れば程々の好成績となる立ち位置となっただろう。
 ここからが面白いのだが、今回の作品をTwitter上で補足した人々の半分は(恐らく使用音源の関係もあるが)既知の人であった。まさに巡り会うべくして巡り会ったのだろうが、うち数名は概ね確信して私の曲だと察していたようである。因みに最速は私のFFで、投稿後半日少しで、動画構成、使用フォント、歌詞間の余白、使用音源等から特定していた。


こっわ、なんで分かるんだよ

 因みにコメント欄にも「夜、、?」と書いてあった。絶対分かっているでしょアンタ。

 一応、よるかざみらしさという点も解説しておこうと思う。
 明確な差別点として、「音源のクセ」「調声のクセ」が存在する。音源の癖としてはパーカッション類、特にトライアングルとパーカッションの編曲構成にある。トライアングルなどの音源は初回の作品から皆勤賞で用いられるバンドルキット「electro kit1」と、落ちサビ等に使われる「industrial kit」であり、直近の作品であれば双方『#A7CAE8』に使われている。譜割も#A7CAE8に似ているため、ここで割り出すことも不可能ではない。
 調声に関しては、特にしゃくりと強音源の使いどころに癖があり、これは『The ANTHROPOCENE』などに見られる。が、ここで分かる人はちょっと怖い。
 他、中盤にコード進行Ⅳ→Ⅴ→Ⅵmを用いている点や、ボーカルに対して特有のコーラスの掛け方をしている点で見極めることも可能である(特にサビにて顕著)。なによりボーカルの人選が最大のヒントかもしれない。









 と、言うわけで。何卒、反情動主義のエモーションに陥らないように。

 

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