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報道の世界でデータやデジタルが変えていくものと、変わらないもの

こんにちは。
採用Gの田中です。

 最近、インターンで「データ・ジャーナリズム」や「デジタル分野」についての質問をよく頂くようになりました。具体的な読売新聞の報道をもとにお伝えするとともに、取材ノウハウの一端もお見せしたいと思います。


ウクライナ穀倉地帯の火災について解き明かす


 こちらの記事は2022年9月26日付の夕刊1面に掲載されました。ロシアによる侵略を受けるウクライナで7月、農地火災が頻発していたことを、専門家とともに人工衛星の画像分析で明らかにしています。衛星画像というデータを独自に解析した上で、関係当局や専門家に取材した要素を加えた、「データ・ジャーナリズム」の典型事例です。火災の発生状況は、ロシア軍が攻撃を強めた時期・地域と一致しており、戦争による被害の一端と言えそうです。仮に農地が長い間、耕作不能になれば、世界の食糧供給にも影響を与えることになるでしょう。

 もう一つ、見逃せない関連記事が同じ夕刊の社会面に掲載されました。こちらでは、実際にロシア軍が農地に砲撃するのを目撃した現地の農家の方々の証言が掲載され、1面記事の解析を現場から裏付けています。私自身も読者として、「何年もかけて作りあげてきたものが全て壊されてしまった」と語られる言葉から、改めて、人々の生活が破壊されたのだ、ということを思い知らされました。

メインで、執筆したのは、科学部の船越翔(ふなこし・しょう)記者です。船越さん、そもそも、データ・ジャーナリズムに関心が集まるのは、どうしてでしょう?

ロシアの侵略前には、ウクライナ・チョルノービリ(チェルノブイリ)原発でも取材しました(2016年1月撮影)

「背景にあるのは、やはりデジタル技術の進展です。これに伴い、衛星の収集しているデータなどを含めて、国内外の様々なデータが入手できるようになりました。また、解析手法のツールも増え、その結果を伝える表現の幅も広がりつつあると思います」(船越記者)

データ取材のノウハウ、教えます

 船越さんへの取材をもとに、簡単にこの記事ができるまでを紹介します。発端は、海外メディアが、22年7月頃から、ウクライナ東部の農地で火災が頻発していると伝えていたことでした。船越さんはこうした報道を見て、火災は何件起きているのか、どの程度の面積が燃えたのか?――といった分析ができないものかと考えました。戦場に近いので、実際に現場に赴いて調べるのは現実的ではありません。そこで、衛星画像が使えるのではないか、と考えて調べることにしました。

 いわゆる新聞社の「特ダネ」報道では、独自の取材ルートを開拓することに重きを置いているため、当然ながら取材源を明かすことはできません。しかし、データ・ジャーナリズムにおいては、データの取得源は「オープン」で誰でもアクセス可能なことが多い――という特徴があります。一方で、入手できるデータが膨大であるからこそ、何のためにデータを取得するのか、取得したデータをどう分析するかが大事になってきます。

①画像入手

船越さんが使用したのは、欧州宇宙機関の人工衛星「センチネル2」が撮影したデータ。これ、インターネットで誰でも画像が取得できるそうです。

 火災が頻発していた7月の中で、雲がかかっていない、つまり地上がクリアに見える日を選んで画像を入手します。

②火災を探す

画像が届いたら、火災を探さなければいけません。これは、単に目視で分かるわけではなく、高熱の熱源を表示するように画像を加工します。この段階で、約200か所の火災があることが分かりました。

そろそろ出稿できそうですね!と思われるかもしれませんが(私は思いました)、まだ、解析が足りません。火災が起きている場所が、農地かどうか、確認しないといけないのです。

③火災は農地で起きたのか?

 これは別のデータを用います。欧州連合の地球観測プログラム「コペルニクス」が土地利用データをマップ形式で公開しています。


 これを使って、1か所ずつ、先ほどの熱源の位置が、農地として利用されている区域のものかどうか確認していきます。約200か所、全部です!

④記事に添えるビジュアルを用意する


 確認した火災の位置情報は、社内のデザインの部署に依頼して、Google Earth上に落としていきます。これは、記事化の際に、ビジュアルで示すためです。船越さんの受け売りですが、実はデータというのは、単に解析するだけではなく、「見せ方」も大事になってきます。

⑤解析に矛盾が無いか確認する

 スキルを持った専門家と画像の解析を進める一方で、シンクタンクの戦況分析と、火災の発生時期やエリアが符合するか調べたり、専門家の見解も取材したりして、解析が合理的か詰めていきます。ウクライナ政府への裏付け取材も大切です。

 データから事実が浮かび上がる姿、すごいですね。そして、その事実の裏付けにも、これだけ手をかけているんですね!

「今回のような戦場に近いエリアなど、危険を伴うために入りにくい現場の様子もある程度客観的に報道できるという意味では『凄い』かもしれません。でも結局、データ・ジャーナリズムって、人間への取材がとても大事だと思うんです。そういう意味ではデジタル時代になっても、やるべきことは従来とあまり変わらない、という面もあると思います」(船越記者)

デジタル時代も、人を取材するという基本は変わらない

どういうことでしょうか?

「衛星画像というのは、単なるデータに過ぎません。極端な話をすれば、衛星が関知している熱源だって、何かの誤作動かもしれませんし、砲撃とは全く異なる理由で起きた火災なのかもしれません。データを通じて、一定の傾向は分析できますが、裏取りが必要になるんです。ですから、ウクライナの現場入りをしていた社会部の協力を得て、実際に『ロシア軍の攻撃で農地が火災になった』という農家の声を取材しました」(船越記者)

当事者取材への手がかりは、ウクライナ国防省のこちらのツイートに隠されていました。

 こちらの写真、ツイートに撮影者の名前が記されています。この情報をもとに、読売新聞はSNSなどを通じて撮影者を探し出し、直接のコンタクトに成功しました。さらに、別の農家の方にも直接取材しています。ウクライナ政府や、火災が頻発した地域の警察当局も、ロシアによる攻撃が火災の原因とみていましたが、動画を撮影している現地の方の証言で、説得力が増しました。余談ですが、ネットでニュースを読んでいると、こうした複数の記事で構成された報道のうち、一つを読んで満足してしまうことが多いように思います。普段、インターンなどで「紙面で読んでほしい」とお話ししている理由でもあります。

「データ解析は、新たな取材手法として有用なことは間違いなく、これからどんどん活用していきたいと思っています。例えば気候変動などについても活用の余地が大きいと感じています」(船越記者)

ちなみに最近、船越さんは、米中の分断が、学術分野で進んでいることをデータ解析を用いて、報じています。ぜひ、解説とあわせてお読みください。

取材成果をデジタルで「見せて」いく


 もう一件、入手したデータや資料を「ビジュアライズ」したコンテンツをご紹介します。

  2022年10月に公開したこちらの特設ページでは、研究者の方の協力を得て、ウクライナの首都キーウの若者が、ロシア軍によって破壊された街の記憶をとどめようと制作した3D画像に、現地入りした読売新聞の記者やカメラマンが撮影した写真、そして現地の人たちの証言を組み合わせています。スライドをご覧頂くと、様々なアングルからの街の様子と、街に残る生々しい傷跡が伝わってきます。

 担当したのは、パリ支局の特派員で、ウクライナで取材した梁田真樹子(やなだ・まきこ)記者です。 

特設ページにも登場する崩壊した橋の付近で取材する梁田記者(2022年9月撮影、キーウにて)

「実際の現場はどうなっているのか、現地の人がどんな思いを抱えているのか。デジタルとリアルを組み合わせよう、というのがそもそもの発想でした」(梁田記者)

 専門家や現地の人の力も借りて、梁田さんの取材そのものは、意外とアナログでした。現場では、とにかく様々なアングルで写真を撮ってみる。そして、何より現地の人の話を聞く、ことにしました。今回の特設ページを公開すると、「ウクライナの街を、日本の人にも見てもらえてうれしい」とキーウからも喜びの声が届き、梁田さんもうれしかったそうです。国境を越えていくのも、デジタルの特性の一つかもしれません。

「デジタルやデータって、別に冷たいものではなく、人と人をつなぐ取材に生かせるんだと思います」(梁田記者)

 なお、梁田さんは3月、激戦となったウクライナ・マリウポリの住宅街で火災が相次いでいたことを、衛星画像の解析を用いて報じた5月の記事も担当しました。

結びに


 今回は報道業界でも注目を集める「データ・ジャーナリズム」やデジタル分野について、読売新聞の取り組みをご紹介しました。お2人とも、デジタルでしかできないことに取り組む一方で、現場の人たち、当事者への取材の大切さを強調していたのが印象に残りました。

 7月には、米紙ニューヨーク・タイムズが、米軍によるアフガニスタンでの民間人誤爆を報じました。日本では、情報公開請求制度に該当する制度を使った映像の取得、専門チームによる映像の解析、そして、被害者遺族への現地での取材という、3つの手法が組み合わせられ、「現場への取材」を重視した船越さんの記事に通じるものを感じました。

 データ・ジャーナリズムをうまく活用するには、人を取材するという記者としてのスキルや、ファクトに迫るために裏付けを重ねるという価値観がますます重要になってくるのかもしれません。

今回、登場した読売新聞の記者たち

船越 翔(ふなこし・しょう)記者
2006年入社。理系の大学院卒のため、「新聞社が理系を採ってくれるか不安だった」。福島支局を経て、科学部へ。その後、米ハーバード大に留学し、科学ジャーナリズムを学ぶ。19~22年、ワシントンDCに特派員として赴任し、NASAや大統領選など、幅広い分野を取材。科学部では原子力発電やSTAP細胞不正論文問題などを担当してきた。

船越記者は、人事部のポッドキャストにも登場しました。


梁田 真樹子(やなだ・まきこ)記者
2003年入社。山形支局を経て、11~14年にジャカルタ支局で特派員。東南アジアやオーストラリアなどで取材した。帰国後は政治部で取材しつつ、関心のあるデジタル分野の勉強会などを社内で開催していた。今年春からパリ支局に赴任。学生時代、フランス語を勉強していたが、改めて復習を兼ねて、現地の先生からピアノのレッスンを受講中。

 9月にキーウ入りした梁田記者の取材の様子は、こちらのポッドキャストでお聞きいただけます。


 記者の現場 #1
  (取材・文 田中洋一郎)
※所属、肩書は公開当時のものです。