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何がご不満なのですか風太郎先生!


『修羅維新牢』
山田風太郎
ちくま文庫

どうしても見たかった写真展の開催最終日、仕事が延びて、こりゃどうしても間に合わない、と諦めて、地下鉄の駅を降りてから、がっかり意気消沈して入った駅のそばの古書店。
むしゃくしゃして、なんかスカッとする本とか売ってないかな、とさがす目に飛び込んできたのが、この本。
山田風太郎の幕末&明治モノはたいてい読んだと思っていたのに、それらを読んでいた時期には文庫のラインナップから外れていたらしく、この本の存在を知らなかった。
あとから調べれば、山田風太郎自身、あまりこの小説を気に入っていなかったらしく、そんな事情で外されていたのかもしれない。

スカッとするかどうかは知らないが、好きな山田風太郎の明治モノである。買ってそのまま古書店の前の柱に寄りかかって読み始めた。
古書店のシャッターがガラガラと閉まり、隣の喫茶店も灯りが落ち、駅に吸い込まれていく酔っぱらいの数も減ってきて、驚くべきことに終電近い時間になっていた。
面白すぎて、夢中になっていて、時間に気づかず、柱に寄りかかったまま読みふけっていたのだった。

幕末、江戸に進駐した薩摩軍に対する幕府直参武士の辻斬りに業を煮やした中村半次郎が、「薩摩の人間が一人斬られたら、罪がなくても旗本十人首を刎ねる」と布告する。 その、首を刎ねられるために捕まる侍十人の、捕まるまでの物語。
どうやったら考えつくんだ、こんな物語の骨格。山田風太郎、凄ぇ!

罪なく捕まる十人には、もちろん十人なりの人生がある。
実直律儀な者もいれば小悪党もいる、そんな多彩な十人のエピソードを細やかに丁寧に描いたあと、それぞれいきなり捕まって拉致されるシーンで終わる話が、十人分。

この小説のどこが不本意だったんだろうか、山田風太郎。
わからん。

(シミルボン 2016.9)

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