TwitterをTwitter村という客観視してみると

2020.2.25.火 #221日目

きょうは、予定変更がありすぎで、やる気が大幅ダウンしている絵描き米田こと、明日にはほぼ感情忘れてるマンです。(遅れてごめんなさい)

Twitter村では、感情的になりやすい人が多くて、街で流れているニュースはコロナウイルスと不倫と政治へのイチャモンです。

僕らは、そんなものばかりに感情を揺らめかせるのが正しいのでしょうか。

考えればわかりますが、Twitter村でほしいのは、自分の興味のある情報だと思います。

興味はもちろん人それぞれですから、
グルメ、ニュース、話題、流行、友達のなう、みんなの関心ごとなどなど見て飽きないものばかり。

あれ?

でも、見たいものからいつのまにかズレていってTwitter村をサーフィンするつもりが、Twitter村用のサングラス(偏見とか愚痴の応酬)をかけて帰ってきてしまっていたみたいな参事になることもありますよね。

要は、自分の興味の外に出て、「興味があるものだと思い込まされている」ということです。

なんか、Twitter村っていう呼び方も格好良くないのですが、Twitter村と敢えて村表現することで、客観視しやすくしているだけです。

5年前には、「Twitterはそのうちみんな辞める」って言っていた著名人もいるくらいです。

Twitterはやっぱり情報集めというよりも、感情が揺さぶられたり、他人事に首を突っ込む方向に舵を切ってしまいやすい感じですよね。

この辺りで、そんな客観視はしておいて損はなくて、今いる自分の会社も、一つの村として客観視してみると意外と見えて来るものがあるやもしれません。


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