出版・編集の新潮流と小さい武器

2013年2月1日にcakesに掲載した原稿を改訂したものです。
リンク集にもなっていて、リンク先もあわせて読むことで複眼的に理解できる構成になっています。
2013年2月1日以降の動きについては原稿を追加する予定です。


「これから10年は、出版と編集がおもしろい」と宣言して2010年から「編集ライター講座プロフェッショナルコース(宣伝会議)」を始めた。

ニュースでは出版不況で厳しい状況なんて騒いでいる。
もちろんこれは一面的な古い視点。 現場には、新しいことをやろうと意気揚々と楽しく動いている人たちがたくさんいる。 しがらみや、古い装置から離れ、新しい冒険がスタートしている。

でも、そういった人たちの動きは、新しくて理解されにくい。
従来の尺度では測りにくい。
だから、ニュースや大きなメディアではあまり取り上げられなかった。出版と編集は大きく変わっていく。

ぼくは、ゲームデザイナーだ。
『ぷよぷよ』『BAROQUE』等のゲームを作ってきた。

だから、連想してしまう。
いま出版業界は、ゲームでいう1983年、ファミコンが登場した時に似ている
ファミコンが登場する以前、ゲームデザイナーと呼ばれる人はほとんどいなかった。

ぼくがゲーム会社コンパイルに入社したのは1987年。
リクルートの雑誌に「夢を仕事にする若い人」といった特集で取り上げられた。
だが「ゲームデザイナーってわからないので、コピーライターにしてください」と言われた。

それが1983年から、ゆっくりと変化していった。ファミコンが登場し、テレビゲームの可能性が大きく拡がった年だ。 ゲームデザイナーという職種が確立されていった。

ゲームデザイナー人口も、倍々の勢いで増えていった。
その時と同じように、編集者人口、出版者人口が増えているのが、いまだ

出版と編集が大きく変わっている現場をのぞくと、3つの軸がある。
1・電子出版:電子出版によって書籍そのものに対する考え方が変わってくること
2・技術革新:コミュニケーション技術、印刷技術の進化によって、紙の本のあり方が大きく変わっていること
3・編集、流通、書店の変革:上記2つの変化によって、編集、流通、書店が大きく変わりはじめたということ



1:電子出版
電子出版の衝撃は、安くできる、品切れがなくなる、なんてところにはとどまらない。
電子書籍の衝撃の大きな部分は「書籍に対する考え方が変わってしまう」ことだ。
「安い」「すぐどこでも買える」「たくさん持てる」「品切れがない」「印刷費がかからない」「書き換えられる」といった各要素をバラバラに見ると、衝撃というほどではない。メリットもあればデメリットもある。
だから、各要素を比べて、紙の本のほうが便利だ、電子書籍のほうが便利だ、と争うのは意味がない。ゾウとキリンが「私は鼻が長い」と「私は首が長い」と言い張ってるようなものだ。
だけど、これらの変化可能性の各要素を総体としてうまく使えれば、書籍は変わっていく。ぼくたちは書籍を大きく変えていく可能性を手に入れたのだ。

2010年、「電書フリマ」を開催した。
ネットで販売するものだと考えられている電子書籍を対面販売するイベントだ。
デジタルでバーチャルな電書をアナログでリアルな対面販売で」がイベントのスタイルだった。
場所は、渋谷のカフェ。
64種類の電書を用意し、1日で700人強の来客があり、5206冊を売った。
このとき一番感じたのは、読書という体験が人と人をつなぐハブになるということ。そして、そのためにはいろいろな表現方法が必要で、そのうちひとつが紙の本であったり、電子書籍だったりするのだろう、ということだ。

電子出版の方向性を大きくわけると2つ。1つは、シンプルでフレキシブルなスタイル。もう1つは、独自のインターフェイスを備えるリッチなスタイル。

たとえば、作家やデザイナー、パブリッシャーと多面的な顔を持つクレイグ・モドが提唱する「超小型」出版というスタイルはシンプルでフレキシブルの極みだ。
ぼく自身も同じようなスタイルで2011年に「電書雑誌よねみつ」を1年間不定期発行した。
不定期発行で、何号まで出るかもわからない。それでもよかったら年間購読してください。ということで年始に100円で購読者を募集した。
いつ発行してもいいし、全体のページ数を気にすることもない。いろいろな制約から自由になれると、ものづくりの方法そのものが変化した
各号を販売したり、後から年間購読できるようになったが、これは発行しているうちに参加者が協力してやってくれたのだ。
読者と制作者の境界線が曖昧になってきた。

個人がシンプルかつダイレクトに出版できるという流れも大きい。
Amazonでは、Kindle対応の個人出版が多数でてきた。
個人出版のSF電子書籍「GeneMapper」が複数のランキング一位になったりして、出版社の大小関係なく売れる作品が出てきた。

鈴木みそが、自分で電子書籍化してKindleで出した『限界集落(ギリギリ)温泉第一巻』は一ヶ月で1万部突破した。

電書アプリ「ラッキーボーイ」も個人が配信した漫画だ
340万ダウンロードを突破
絵がヘタ、展開も強引。
ノートに落書きしたような漫画で、これを持ち込まれてもOKを出す編集者はいないだろう。
だがデジタルで無料だから読んでしまう、読み始めると、続きが気になる、妙におもしろくなってくる、そんな漫画だ。

独自インターフェイスのリッチなスタイルの代表例は、元副大統領アル・ゴアの電子書籍『OUR CHOICE』だろう。
構造から凡庸な電子書籍とは違う。ピンチイン・ピンチアウトで目次と本文がシームレスに移動できる。いくつものグラフに分けて表現するところを、ひとつのデジタルグラフに集約。グラフそのものが動いて、動的な体験としてデータを示す仕組みになっている。デザイナーは、元AppleのグラフィックデザイナーMike Matasだ。

『Bottom of the Ninth』は、コマの絵が縦横無尽にアニメーションする漫画だ。少女の髪が風になびく。疾走する車が飛び出してくる。尋常じゃないアニメーションが、漫画として読める。いままでになかった読み心地だ。

『The History of Jazz』は、ジャズの歴史が一望できる電書。凄いところは「著者がいない」ことだ。
wikipediaのテキスト、itunes試聴音源、Youtubeの映像、ネット上にあるものを整理し、読みやすくインターフェイスを整頓した。

そう考えると、twitterだって電子書籍だ。フォローする人を選ぶという編集作業を自分でやって、即時パブリッシュされるデジタル書籍といっていいだろう。
そういった視点を持つことで、書籍の可能性が大きくひろがる。書籍に対する考え方を狭い檻に閉じ込めなくてよくなってくる。

これ以降の内容。
2:技術革新
 小部数印刷、個別印刷、クラウドファンディング、3D印刷
3:編集、流通、書店の変革
 小さいことが武器になる環境、出版者、インディーズ出版、小さいことのメリット、書店の変化
4:出版の未来
 新しい人のチャンス
5:サイズの問題
6:noteの出現

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