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岩城けい『さようなら、オレンジ』より故郷を拾ってみた。寺山修司は日本にいながらにして祖国喪失について歌ったけど、此の本は実際に物理的に祖国を離れた女のひとたちの物語。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「自分の国がどこにあるのかわからないサリマには、それが隣国なのか、それとも海の向こうなのかもよくわからなかった。」

「職場には同じように国を離れた仲間が同じように働き、」

「このあたりじゃ、農家が多いから家に帰ればたいていシープ・ドッグがおなかをすかせて待ってんの。あいつたちは大事な働き手だから、しっかり食べさせてやるんだ。で、あんた故郷(くに)ではなにしてたんだい。

「ここはおれたちの国だ、なんでおまえみたいなのがいるんだ、さっさと自分の国へ帰れと怒鳴り返されましたので、こちらも逆上して、罵り返してしまいました。」

「二番目の言葉として習得される言語は必ず母語をひきずります。私たちが自分の母語が一番美しい言葉だと信じきることができるのは、その表現がその国の文化や土壌から抽出されるからです。」

「ナキチのような祖国を奪われた人にとっては、セカンド・ランゲージはセカンド・チャンスなのです。」

「血やねばついた液体が指先を薄い膜のように覆っていた。それを見るとサリマは心臓を素手で掴まれたように驚き、胸苦しく、彼女は咄嗟に蛍光灯の白い光に映しだされる、それだけは自分を見放さない、あわいあわい自分の影を探し求めた。気がつけば、仲間ひとりひとりの影の連なりが、サリマだけに聞こえる叫び声をあげているのが聞こえる。

作業場の窓枠にはそんな女たちの声にならない悲鳴が出口を求めて張り付いていた。悲鳴は静謐で激しく、迷い込んだ小鳥のように窓ガラスを叩いた。サリマは朝焼けを見るたび、それだけは故郷と変わらないすがすがしいオレンジに向かって、それを解き放ってやりたくなった。」

「そんなニンフたちが、故郷に帰ったら残りの勉強をすませるために大学にもどると屈託なく言ってみせるのを、サリマは羨望のまなざしで見つめた。」

故郷に帰るだなんて、そんな考えは一体どこから湧いてくるのだろう。それに、みんなはどんなところからここへ渡ってきたのだろう。そうだ、ここにいる人間は自分以外、帰ろうと思えばいつだって帰ることができるはずなのだ。」

故郷(くに)では大学を出てるってことだし、論文が書ければこちらでも大丈夫だし、とても勉強家だからもっと上を目指しなさいと言ったの。」

故郷では自分の正しい年齢を知っている人間は周りに少なかった。サリマは大きな飢餓の年に生まれたから、母親がそれを基準に彼女の歳を数えた。」

「与えられるがままの生とはこんなものかとあきらめ顔で故郷を出たとき、そしてここについたときのことなんてまるで記憶にないのに、選ぶことを許されてからは逐一自分がどうしたいかだけを自問してすごしてきた。そこに夫の存在はなかった。」

「サリマ自身にとっても祖国なんてあるようでないような幻の存在になってしまって、故郷について息子たちには、とくに幼かった下の息子には多くを語ることはしなかった。」

「どんなに言葉を尽くしても彼らに自分たちの故郷を授けることはできないと信じて疑わなかった。」

「自分の祖国を懐かしがったり美化したりする移民たちが多い中、サリマにはそれがまったくなかった。」

「「私の故郷」というテーマにもかかわらず、サリマには故郷とか国の意識がなかった。」

「こうなると「わたしの故郷」というタイトルがしっくりしない。」

「教師は先端の太いフェルトペンでタイトル「私の故郷」を二重線で塗りつぶした。

「息子さんたちを送り出す前に、ナキチは作文を書きました。自分の故郷についてのもので、下の息子さんの学校のクラスのプロジェクトの一環でアフリカのことを紹介するために彼女が呼ばれたのです。」

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