K君の思い出 叫べ!

少年部を教えていた時、K君が入門してきた。
K君は、精神の発達に少し問題があったようだ。言い方に、問題があるかも知れないが、いわゆる知恵遅れの少年だった。

体がか細く、端正な顔だったが、目が優しすぎる。なんというか、牛のような目と言えばわかるだろうか、光がない。覇気がない。

練習をしていても、集中力を欠き、つき出す拳など明後日の方向に向いている。そもそも握りが全くなってない。動作も鈍く、みんなと1〜2テンポ遅れる。「押忍」の返事に至っては、「うぉ〜す」。それも、力のない返事。

何か言っても、「うぉ〜す」と一応返事はするが、ただ言っているだけなのがわかる。

そもそも、自分の意見を言うことがない。自信がないと言うより、言っていいとも思ってない節がある。自分の考えや思いを秩序立てて話すのが苦手なのか、自分の感情は、世界に受け入れられないものだとでも思っているのではないかと感じていた。

休み時間は、みんな大騒ぎして遊ぶのだが、ポツンと突っ立ている感じで、みんなと会話なんかもなし。

そのうち慣れてくるだろうと思っていたが、一向にその兆しも見えない。

で、呼びつけて聞いてみた。
「K。お前は、なぜ一生懸命練習しないんだ。」
「・・・・」
「何を言っても、先生は絶対に怒らないし、そのことについて理由がなくてもいい。」
「・・・・・」
「ただ、単に嫌いなら、嫌いでもいい。言ってみろ、それを聞いても先生は、絶対に怒らないから

「・・・きらいだ」
「よし! よく言った。えらいぞ。それでいい」

「ところで、なんで嫌いだ」
「おもしろくない」
「おお、そうかそうか」
「おもしろくないか」
「うん」

「そうか。よしよし。こうやって、思ったことをちゃんというんだぞ。
お前が何を言っても、先生は絶対に怒らない。ここは空手道場だ。だから、大きな声で言え。自分の思ったことを。いいな。わかったか。」

「うぉ〜す」

「ところで、ここは空手道場だ。お前が思ったことを何言っても先生は怒らない。だけど、・・お前が嫌いだと言っても、練習は・・させる。」
・・・・・・・
「せんかったら、竹刀でケツひっぱたく。手加減はせん。」
「わかったか」
「うぉ〜す」

「それから、返事は押忍!じゃ」
「うぉ〜す」
「そうじゃない。押忍! もっと大きな声で言え。」

「ウぉース」「もっと大きな声。道場中に聞こえるように、叫ぶ気持ちでやれ。」「叫べ!
わぁ〜す」「もう一回」「わぁ〜す

「よし。これから返事はもちろん、話す時もでかい声で話すんだぞ。何度も言うが、ここは空手道場だ。でかい声を出すところだ。いいな。」
わぁす

パーティションで区切った事務室の外で、あいつら盗み聞きしたてやがった。

子供たちを並べて言った。
「Kに言ったことは、お前たちもやってよし。」
「いやならな、嫌と叫んでもいい。だけど、練習には集中しろ。でないと事故が起きる。いいな。」

「押忍!」

よし、じゃあいくぞ。
「一!」「いやじゃ!」(?!)
「二!」「嫌いや!」(!!)
「三!」「先生嫌い!」(クッソ、調子に乗りやがって)

その日の練習は、大騒ぎになった。
(K君も含め、みんな腹の底から叫んでた)



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