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くだらない


惰性でヘッドホンの電源をいれて音楽を流す。

日曜の夕方、日が落ちて空は薄暗く世界が灰色になったみたいだ。唯一窓からは街灯のひかりが差し込む。
日はだんだん伸びて来てはいるものの、まだこの時間帯を夕方と呼ぶには、時期としては早すぎるのかもしれない。


街灯とスマホだけがひかる部屋で羊文学を聴く。


つい最近、何年も話をしていなかった同級生と7年ぶりに電話をした。

何年か前までの私たちは、教室の中で影と呼ぶには少し明るくて、陽と呼ぶには少し暗い部類の人間だった。
学生時代(と言ってもまだ学生だけど)はほとんど自分のことを影の部類の人間として過ごしてきた。
その人と一緒に過ごした1年だけは、じぶんを陽キャだとか陰キャだとか一言で言い表せない。どちらも混じったような、わたしたちはなんとも言えない雰囲気纏っていた気がする。

7年振りに話したその人からは、もう陰の匂いは微塵も感じなくて、蛍光灯のような明るさを纏っていた。

私は貴方が変わってしまったことを認めたくなくて、「君そういうところ全然変わってないよねぇ。」なんて言ってやってみた。
「なんだよそれ」と軽くあしらわれるだけだった。

この7年間、貴方も色々あったらしく、この7年のことを掻い摘んで話をしてくれた。
ああ、貴方ががいま光の方にいられるのは、この7年のあいだに落とされた影があったから、その影が貴方を照らしたんだなあ。
その人が今明るく前を向いて生きていられることに、少しほっとした。

こちらも掻い摘んで軽く話したつもりがその人にはお見通しだった。
病気のことと、人間関係のこと、今しんどいことも、無理をして大学に通っていることも、全部丸ごとお見通しだったみたいだ。

「いいよ、こんな話。暗くなるだけだし。」
「もう少し明るくて、楽しい話をしようよ。」
こんな私の影の話を深堀したって仕方ない。
何度も話を遮ろうとした。
それでもその人は私の話をずっとずっと聞いてくれた。

ああ、この人は明るい場所にいるけれど、明るくいられるのは彼にも大きな影があるからで、彼も彼で苦しいんだなぁ。戦ってきたんだなぁ。
何年か前までは一緒の教室にいた人と、こんな風に話をしたのは初めてのことだった。
すごく嬉しかった。
電話を切る直前にその人はこんなことを言った。


「頑張れとは言えないからさ、何とかやってこうぜ。なんかあったらLINEでも電話でもインスタでもなんでもいいから話しかけてくれよ。こちらも話しかけに行くからさ。」
「眠れない時はオールで電話したっていい、カラオケに行ったっていいよ。」


頭がガツンと殴られた感覚がした。
頭が破壊されたんじゃないか、私の頭は今バールのようなもので殴られて、脳みそがそこらじゅうに飛び出てしまったのではないか。
多分脳が破裂してるんだ。壊れちゃった。
そんな、こんなことを言ってくれるのか。あなたは、なんて人なんだ。ああ。ああ。

本当にほんとうに、ほんとうにうれしかった。


それから暫く経った後、どうしても苦しくてしんどくてやってられない夜が来た。
こういう時に、こんな時にその人に話をしたら聞いてくれるのかもしれない、この人になら頼ってもいいのかもしれない。

恐る恐るLINEを送った。
「ちょっと時間ある?聞いてもらいたい話があって。」

20分後くらいに返信が来た。
「ごめん、今日はキツい」

リスケすることもなく、されることもなく、これ以上もそれ以下もなく会話は終わった。


その人と先日電話したとき、そんなに綺麗な思い出ばかりではなかった日々のことが、その人のなかではひどく美化されているようだった。

しんどい時、苦しい時、どうしようもないとき、思い出が自分の進むべき道を照らしてくれることがある。
私の道を照らしてくれた光のうちひとつに、確かに7年前の貴方がいた。

多分貴方の中では私なんてもう思い出のひとつに過ぎなくて、力になりたいとか、眠れなかったら電話してもいいとか、貴方にとっては勢いで話した社交辞令でしか無かったわけだ。

私はカラオケオールなんてしたことないし、飲み会なんて片手で数えられるくらいしか参加したことがない。友だちだってそんなに多い訳でも無いし、大学では単独行動のことが多い。

いまの貴方の世界では落ち込んでいたらオールでカラオケに行くのが普通なんだろうし、大学ではたくさんの友だちがいて、飲み会とかもたくさん行ってるんだろう。
私より何倍も何倍も周りに人がいて、そんな風に周りの人が集まるのは、きっと誰にでもそういうことが言えちゃうからなんだろうな。

私にとっては、言葉を尽くしてこんなにも「力になりたいよ」と言って貰えたことが初めてだったから、思い出があまりにも暖かかったから、真に受けてしまった。

彼にとっては私はもうひとつの思い出でしかない。現在進行形ではなく、過去完了形の存在なんだろうな。

そんなことを考えて悲しくなっていたら、あたりはすっかり真っ暗になってしまった。


大丈夫だと言って言って言って、
やっぱ言わないで


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