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途上国ベンチャーで働いてみた:コロナとボイコット(通算270日目)

2020年4月には、バングラ現地の人々の間にもコロナに対する恐怖が拡がりつつあった。3末から始まった不要不急の外出禁止、医療機関や市民生活を維持するための最低限の機能以外は店舗閉鎖とする措置、いわゆるロックダウンは、恐怖と同時に人びとの生活を直撃した。

社内で初めに仕事をボイコットし始めたのは、まさかの医者たちだった。ある朝、始業時間になっても医者の一人が出社してこない。診察(健康診断の結果説明と問診サービス)の予約時間は迫っており、代わりを探して対応した。
会社のルールは以前の社長が創業した当時から厳しかった。無断遅刻・欠勤は一発アウト、即クビである。しかし、ボイコットした医者は一人ではなかった。その日、6人いた医者のうち、5人が連名で、医療者の立場としてこのコロナ禍におけるクリニック勤務の指示は受け入れられないと書面で表明してきたのだ。

私は頭にきた。健康診断サービスの業務において、最も感染リスクが高いのは検体採取と検査を行う検査技師である。その次に高いのは、エコー検査や超音波検査のために身体的な距離が近くなる検査技師である。医者、ましてや病院外来でもなく健康診断結果を説明するために存在する医者など、クリニック現場であってもいくらでも感染リスクを下げて働ける。

そもそも、医者であるからこそ、感染経路に関する適切な知識を持ち、むやみやたらに恐怖心をもたずとも生活するためのアドバイスができるのではないのか。検査技師や他のスタッフたちが医療機関として勤務を続けてくれている中、まっさきに逃げ出すとは何事ぞ。

あとから知ったことだが、これは日本でも似たような状況だったらしい。日本の場合は、開業医の方々は自分が感染してクリニックを閉じなければならなくなれば、代わりがいないので経営が成り立たない、というより切迫した事情があったらしい。バングラの、少なくともうちの医者たちは、単純に怖いから家にいたい、でも給料はほしい、という話だったが。。。

翌日、書面に名を連ねた5名には対面で話すため出社を命じ、無断欠勤した医者には警告通知(次に無断欠勤したら解雇するという通知)を出した。

感情的に捲し立てる傾向のある医者たちを前に、わたしは緊張していた。でも、この事業を止めてしまっては社員たちに給与は払えない。実際、医者を在宅勤務にすることもできなくはなかったが、もっとも給与が高く優遇されている医者たちだけの言い分をここで聞き入れるわけにはいかない。
足は震えたが、毅然とした態度でいなければならないと思った。

健康診断サービスとはいえ、臨床検査機関である以上有している医療的なリソースで社会に貢献する必要があること、だからこそ店舗閉鎖の対象外になっていること、そもそも私たちは適切な医療へのアクセスが足りていないこの国の状況を変えたいという志をもって集まった現地社員たちがつくってきた会社であること、社員分のPPEや感染予防対策への投資はしっかりすること、症状を有するお客様の入室は認めないこと、などを繰り返し冷静に説明した。

はじめは話が噛み合わなかったが、こちらがある程度耳を傾けて聞く姿勢を見せたためか医者の側も少しずつトーンダウンしていき、最終的には業務の継続に応じるということで落ち着いた。
一緒に協議の場に同席してくれた日本人社員は全員クビにしてやると憤っていたが、とりあえず事が収まり私はほっとした。

結局、この一件から程なくして、全国で公共交通機関=バスの運行が停止になり、いずれにしても全員在宅勤務に切り替えて事業を継続させなければならなくなったお話はまた次回。

(続)

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