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途上国ベンチャーで働いてみた:コロナと国境封鎖(通算250日目)

2020年3月末。コロナが思っていたよりヤバいものらしい、、という声が年明けから日本でも大きくなりつつあったが、ついにバングラの国際便が全面休航になるというニュースが飛び込んできた。つまり、国境封鎖である。

ちょうどその頃、現地では日本人のインターン女子学生を一人受け入れており、そのニュースを聞いた翌々日の朝には日本に戻れる飛行機の最終便が出るとのことだったので、事は急を要した。
私や正社員の男の子はともかく、インターン学生を現地に閉じ込めてしまうわけにはいかない。

日本に帰国するために必要な陰性証明の発行をしてくれる機関がどこなのか、当時はPCR検査の要否も含めて情報が曖昧で、HISなどにも問い合わせたが確かな情報は得られなかった。とにかく時間がないので翌朝一番に日本語のわかる医者が運営している病院に社員とともに行かせ、陰性証明書が手に入るまで窓口で粘るよう指示した。いまや記憶が曖昧だが、PCR検査ではなく、Xray検査と体温確認の上で、“コロナの疑いなし”という医師のサインを得たのだったと思う。社内の医師はこの証明サインをすることを頑なに拒み(空港検疫で引っかかったら自分のキャリアはおしまいだと泣いて騒いだ)、間に合うかどきどきしながら他院の医師からのサイン済み証明書を待った。


飛行機は夜のうちに手配を済ませたが、値段が釣り上がった航空券代を負担することに難色を示す親会社社長には閉口した。


最終便が出る当日、オフィスを離れられない私に代わり、もう一人の駐在社員とその時出張に来ていた同僚がインターンの彼女を空港まで見送ってくれた。空港では、PCR陰性の証明がないと乗せられないなどと主張する空港職員と、1日半前に最終便が出ると聞いてルールもなにも提示されない中で検査証明がいるなどと言われても無理だ、いいからとにかく乗せろと喚く乗客たちとの間で場は騒然としたらしい。ヤ◯ザさながらの剣幕で捲し立てる日系企業の人間がいてくれたおかげ(?)で、結局その場に集まった乗客はインターンの彼女を含め、数時間遅れで全員無事に帰国の途に着いたらしい。

ここではロジックだけでは物事が進まない。その前にもその後にも、何度も何度も実感することになるわけだが、つくづく馬力が必要な国である。
そして、そんな国に私ともう一人の駐在社員、そして出張で訪れていた一名を含む3人は、閉じ込められることになった

(続)

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