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正解のない世界

𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす

 アメリカのバイデン大統領が、岸田首相の肩にポンと手を置いている。「お前のボスはオレだ。」そうい意味の仕草らしい。私はアメリカ人ではないし、アメリカで暮らしたこともないので、本当かどうかは知らない。おそらく、一つの心理学的解釈でしかないだろうと思う。心理学的解釈というのは、「鼻を触ったら嘘をついている」みたいな話である。
 嘘をつくときに鼻を触る人は、実際いるだろう。私もやりそうな気がする。だが、鼻を触ったから必ず嘘をついているという証拠にはならない。肩をポンも同じだろう。私だって、上司の肩をポンと叩いたりはしない。怒り出すに決まっている。上司が私の肩をポンならわかる。
 上司が部下の肩を叩くとき、それはどんな意味を持つのか。親しみを表しているのか、それとも優越感のあらわれか。それは二人の実際の関係によって決まる、としか言えないであろう。京都の人が「いい時計してはりますなあ」と言ったら要注意。「もう帰れ」という意味だという。これは、さりげなく時間に気づかせてくれている思いやりなのか、わざと遠回しな言い方をしている嫌味なのか。それは送り手と受け手との関係如何である。
 近頃は「何が正解か」ということにこだわり過ぎる人が増えた。そう感じる。言葉には必ず「正しい意味」というものがあり、それを間違えずに読み取ることが本当の理解。そういう偏見があるように感じられてならない。そういう世界は、私は生きづらい世界だと感じる。
 数学は答えが一つだからわかりやすい。国語は正解が一つではないからわからない。そう言う人がいる。私は逆だ。数学はみんなと同じ答えにならなきゃいけない。国語はみんなと違う答えでもいい。なんて楽なんだろう。物の見方が変わるだけで、世界は一八〇度変わる。私はそのことを養老孟司先生から教わった。
(二〇二三年二月)


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